2014年12月23日火曜日

理不尽な悩み -正直者は馬鹿を見る?- 

先日、東京駅が100周年ということでその記念に限定suicaが発売されるというニュースがありました。話題になったので知っている方も多いかと思いますが、その記念suicaの販売に朝から長蛇の列だったようです。
そこで一悶着あったようですね。なんでも、徹夜で並ぶことは禁止していたそうなのですが、実際は徹夜組で限定枚数のほとんどが売れてしまい、更にあまりの混乱から販売自体も中止するという顛末。

JR西日本からすると、以前にも別の記念suicaを販売した時には大きな混乱が見られなかったことから、今回も同様程度だろうと対策が甘かったようです。

さてこの話題ですが、買えなかった人たちからすると確かに納得いかないものがあるでしょう。
自分はルールを守って徹夜で並ばずに買いに来てみたら、ルールを守っていない人たちのやり方がまかり通っていたわけですから。ニュース映像で見た怒号はさすがにヒートアップし過ぎな印象も受けましたが、ものの価値は人それぞれ、本当に鉄道が好きでどうしても欲しかったのかもしれないですね。

さて、こういうこと、誰しも経験あるのではないでしょうか。
『正直者が馬鹿を見る』
とまではいいませんが、自分は決められたルールを守って生きているのに、ルールを守らない人に不利益を受けてしまうこと。

実際、カウンセリングをしていると対人関係の問題が多いのですが、その中には一方的な『被害者』と言っても差し支えないような対人関係の問題を語る方も少なくありません。
例えばこんな悩み

「職場のパワハラで精神的に辛い」
「ご近所に嫌な人がいて迷惑」
「いじめのターゲットにされた」

自分に落ち度がないのに起きてしまう問題というのもあります。
(勿論、カウンセリングはどちらか一方の言い分しか聞けない事がほとんどなので、その全てが善悪を明確に分けられるものではないのは前提ですが)

お伽話や物語なら、最後には正直者が得をするというのがお約束ですが、現実の世界では残念ながらそうはいかないのかもかもしれません。

だからといってそこで諦めてしまっては問題の解決には至りません。
残念ですが、正しいことだけが守られる世界ではないということを踏まえて、その人が少しでも現状をいい方向に変えられる方法を探していくのも、またひとつの問題解決です。

先の職場のパワハラの例だと、パワハラ自体をなくそうとする努力はひとつの解決法です。
それでもし、パワハラがなくならないとしたら……。
そこで思考停止してしまうのでなく、発想を変えてみます。

「パワハラをストレスに感じないためにはどのような方法があるか。」
「他にも、パワハラでたまったストレスをどのように発散して心を良い状態に保つか。」

そんな風に、現実を変えることだけでなく、変わらない現実への対処方法だって立派な問題の解決になります。
理不尽が多いこの世の中、悩みの解決も工夫が必要なのかもしれません。


追記
suika問題ですが、正式に希望者には全員に行き渡るように販売を再開するとか。
転売を目的としていた人などからすると大誤算でしょう。
やはり正直者は最後に報われるのかもしれませんね。