少し前にパソコンを修理に出したと記事を書きました。
その時の記事→『壊れたパソコンと頼れるおじさん』
その話の続きです。
あのパソコン、まだ帰ってきていないんです。
とはいえ修理に出してまだ3日ですしね。まぁそれくらいはかかるでしょう。
でも、預けた時おじさんはこう言ったのです。
「2日もくれれば直しますよ」
修理が完了したら電話をくれるという約束です。
まぁね、土日を挟んでますし、月曜日あたりに連絡が来るとは思うんですよね。
でも、今僕の胸中にはなんとも言えない気持ちがムクムクと沸き上がってきています。
そう、なんとも表現しにくいモヤモヤです。
さてみなさんならこんな時、2日という提示された期限を過ぎても連絡がない時。
どのような気持ちになりますか?
私の今のこの気持ち。上手く表現できない感情をあえて形容するなら、
『不安』『心配』『後悔』
この辺りが近いですね。
どうでしょうか。共感してくれる人はいるでしょうか。
「えーなんで?そこは怒るところじゃないの?」
という人もいるのではないでしょうか。
ところが私の中に『怒り』は全然ないんですね。
なぜ『不安』を感じているのか。
それは、出来事と感情の間にある『考え方』にヒントがあります。
この場合の出来事をシンプルにすると、
『(2日で直るという)約束を守られなかった』
その結果感じた気持ちは
『不安』
だったわけです。
その『出来事』と『気持ち』の間で私は何を考えたのでしょうか。
それは、
「伝えた自分の電話番号が間違っていたかもしれない」
そんな思いがまっさきに浮かんだのです。
そして更に考えます。
「自分は記憶力が悪くて自分の電話番号もなかなか覚えない」
「自分はこのようなうっかりミスが多い」
「自分は失敗ばかりだ」
こんなふうに考えは暴走します。
その結果、『不安』な気持ちになってしまったと考えられます。
このように、自分に起きた『出来事』に対して沸き上がってくる『感情』はその人の『考え方(認知)』に左右されます。
みなさんにもあるのではないでしょうか。
「どうしてこんな気持になるんだろう」
自分の気持の理由がわからない時。
そんな時は、知らないうちに自分に言い聞かせている考え方の癖がそうさせているのかもしれません。
認知療法でいうところの『自動思考』がこれに近いものですかね。
自動思考とは、出来事に対して本人も無自覚のうちに反射的に浮かんでくる考え方の癖と考えてもらえばわかりやすいかもしれません。
そんな自分の考え方の癖を知れば、わけも分からずモヤモヤすることも減るかもしれませんよ。
火曜日になっても連絡がなかったらこっちから連絡してみようと思う。たるみでした。
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教材用のカウンセリングDVD制作を計画しています。
つきまして、ボランティアでクライエント役をして頂ける方を募集しています。
興味のある方は下記宛先『名古屋 栄カウンセリング』までメールでのご連絡お待ちしています。
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2015年6月13日土曜日
2015年6月12日金曜日
収集癖~マニアの心理~
知ってる人は興奮モノ。
キン肉マン消しゴム通称『キンケシ』と呼ばれるものです。
ゆでたまご原作の漫画『キン肉マン』は、1979年から1987年まで週刊少年ジャンプで連載。
現在もその続編が連載されている息の長い作品です。
そしてキン肉マンといえば『キンケシ』。
1980年代中期に子どもたちの間で爆発的な人気がありました。
キン肉マン消しゴムとは名ばかりの、実際に消しゴムとして利用してもノートがただ黒くなるだけという、今考えてみれば意味の分からない商品でした。
しかし当時の子供達の間では、キンケシを持っていることが一種のステータスであり、珍しいキンケシを持っていれば一躍ヒーロー。盗難騒ぎなども起こり、学校ではキンケシ持ち込み禁止などのルールが作られるほどでした。私の子供時代は他にも『ビックリマンシール』『ミニ四駆』なども人気で、今で言うところの『妖怪ウォッチ』的な存在でしょうかね。
そんなキンケシが、今サークルKサンクスで対象のペットボトル飲料2本セットを購入するともれなく『キンケシ 復刻版』がついてくると知っては買わない訳にはいかない。
しかも、当時欲しくて欲しくて手に入らなかった『悪魔将軍』と『アシュラマン』
(ホント知らない人にはなんだそりゃですが、キャラクターの名前です)
を見つけたので早速レジヘ。
そして家に帰り鑑賞してみましたが。あることに気が付きました。
「あれ?これ手に入れてなんになるんだ?」
そう、入手してからの目的などないのです。むしろ目的は入手すること。
『収集癖』という心理がありますが、所謂マニアやコレクターに多いその心理。
その中には、グッズを集めてコンプリート(全種類集めること)することを目的とする場合も多くあります。
そしてそれら集めたものは、実際に使用せず飾っておりたり、大切にしまっておいたりします。
興味のない人からすれば「どうして?」という心理ですが、その奥にあるものは『満たされない心』だったりします。
例えば、劣等感・コンプレックス・行き場のない感情、そういったものを満たすために収集し、物質的な満足で心をかりそめに埋めようとします。
子供の頃であれば、
「周りのみんなと同じものを持ちたい」
「自慢したい」
そういった安心感や優越感を求めるためにブームに乗ったりするわけです。
実際私自身がいい年をしても未だに収集癖が治らず、さして必要ではないものを衝動的に購入してしまうという悪癖があります。
例えばそれが服であれば、
「かっこいい服を買ってカッコ良くなりたい」←自分の容姿へのコンプレックス。
「とある作品のグッズを集める」←その作品への愛情を示したい顕示欲。
などと解釈できるでしょうね。
とはいえ悪いことばかりではなく、そうすることで心の安定を図っているなら、それは害があるとも言い切れません。尤も、そういった欲求を歪ませずに発散できればそれはそれに越したことはないのですが、手に入れた時の充足感が心のサプリメントになっているのなら、常識の範囲内であればいいのかな、と自分に納得させています。
だからオタクって言われるんだよなぁ。たるみでした。
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自分の役割の捉え方
今日は私の個人的な『考え方』を書きたいと思います。
そう前置きをした理由は、それが正解で正しい考え方であるとは思ってもらう必要がないからです。
あくまで私個人がカウンセラーとして信念としているものであるというのをご理解いただきたいと思います。
カウンセリングという仕事をしていると、相談者の方に『感謝』をされることは少なくありません。
「先生のおかげで解決しました」
「生きる希望になりました」
そういった感謝の言葉をいただくことは、とても嬉しく励みになります。
そして同時に、『謝罪』をされることもあります。
「お世話になってばかりですみません」
「あの時はご迷惑をおかけしました」
相談者の方が、そんな風に私のカウンセラーとしての奮闘や努力に対して謝罪の言葉をかけてくれることも少なくありません。
勿論、相談者がそう感じたのなら私は否定はしませんし、その心遣いを尊くも感じます。
しかし、本音を言わせていただくと、謝罪は必要ないとそう思っています。
なぜなら、私はカウンセラーという役割で関わらせて頂いているので、カウンセリングを行っていく上でどのような苦労や大仕事をこなしたとしても、それは仕事だから当然の責任だと考えるからです。
このような書き方をすると、カウンセラーという役割に徹した人間味のない印象を持たれてしまうかもしれませんが、カウンセラーと相談者は決してドライな関係ではなく、限りなく身近で親身な関係性だと信じ関わらせていただいています。
矛盾を感じるかもしれません。しかしこう考えてみて下さい。
誰よりも身近で親身でありつつも、カウンセラーという役割を逸脱しない存在。
それが私の思う理想的なカウンセラー像です。
カウンセリングのルールの中に、身内のカウンセリングを行うことは好ましくないというものがあります。
理由のひとつに、関係性が近過ぎることでカウンセラーという役割に徹しきれないというデメリットが挙げられます。
そんな理由も含め、カウンセラーという役割に徹するというのは、質の良いカウンセリングを提供するためには必要な要素だと言えます。
限りなく親身だけれどもビジネスとして関わる。それが相談者の方にとって最良の私という存在の提供方法だと考えています。
かつて、私の知り合いがこんなことを言っていました。
「恩を受けることが恥じゃない、受けた恩を返さないことが恥なのだ」
誰かに何かをしてもらう時に遠慮や引け目があると、折角の恩も十分に受け取れないことがあります。
だから、恩に限らず何かしらを受ける時は全力で、自分の為だけを考えて受けて欲しいのです。
そして、返せるようになったら存分に返せばいいのです。
恩を返すといっても形は様々です。
何か形として同価値のものを求めることもあれば、
笑顔になって幸せになってくれることが恩返しだという人もいるでしょう。
子供に与えた見返りは、子供が健やかに生きてくれればそれで十分と考える親もいるでしょう。
恩返しの形に決まりはありません。
返すことばかりを気にしてしまって恩を全力で享受できないのは本末転倒です。
カウンセリングの話に戻しましょう。
では、カウンセラーは何を見返りとするのか。
我々はきちんと正規の料金をいただき、カウンセリングを提供しています。
ですので、恩返しをして頂く必要はありません。既に我々は見返りをいただいているのですから。
だから、これからカウンセリングを受けようと思っている方は、
何も気にすることなく、自分の求めるものを遠慮なくカウンセラーに求めてもらっていいのです。
その求められるものに対して、私の出来る可能な範囲内で全力でお応えします。
その結果、カウンセリングが良い結果に繋がることこそが、最優先の目的なのですから。
最初に言ったように、これは私の個人的なカウンセラーとしてのあり方です。
ボランティアでなく、個人的な趣味でなく、職業としてこの仕事を選んだ以上、
対価をいただきそれに応えて全力を尽くす。
それが礼儀であり責任だとそう思って日々臨んでいます。
相談者の方からの感謝や謝罪の気持ちは嬉しいですよ。
でも私は当然のことをしているだけです。
ということが言いたかった。たるみでした。
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そう前置きをした理由は、それが正解で正しい考え方であるとは思ってもらう必要がないからです。
あくまで私個人がカウンセラーとして信念としているものであるというのをご理解いただきたいと思います。
カウンセリングという仕事をしていると、相談者の方に『感謝』をされることは少なくありません。
「先生のおかげで解決しました」
「生きる希望になりました」
そういった感謝の言葉をいただくことは、とても嬉しく励みになります。
そして同時に、『謝罪』をされることもあります。
「お世話になってばかりですみません」
「あの時はご迷惑をおかけしました」
相談者の方が、そんな風に私のカウンセラーとしての奮闘や努力に対して謝罪の言葉をかけてくれることも少なくありません。
勿論、相談者がそう感じたのなら私は否定はしませんし、その心遣いを尊くも感じます。
しかし、本音を言わせていただくと、謝罪は必要ないとそう思っています。
なぜなら、私はカウンセラーという役割で関わらせて頂いているので、カウンセリングを行っていく上でどのような苦労や大仕事をこなしたとしても、それは仕事だから当然の責任だと考えるからです。
このような書き方をすると、カウンセラーという役割に徹した人間味のない印象を持たれてしまうかもしれませんが、カウンセラーと相談者は決してドライな関係ではなく、限りなく身近で親身な関係性だと信じ関わらせていただいています。
矛盾を感じるかもしれません。しかしこう考えてみて下さい。
誰よりも身近で親身でありつつも、カウンセラーという役割を逸脱しない存在。
それが私の思う理想的なカウンセラー像です。
カウンセリングのルールの中に、身内のカウンセリングを行うことは好ましくないというものがあります。
理由のひとつに、関係性が近過ぎることでカウンセラーという役割に徹しきれないというデメリットが挙げられます。
そんな理由も含め、カウンセラーという役割に徹するというのは、質の良いカウンセリングを提供するためには必要な要素だと言えます。
限りなく親身だけれどもビジネスとして関わる。それが相談者の方にとって最良の私という存在の提供方法だと考えています。
かつて、私の知り合いがこんなことを言っていました。
「恩を受けることが恥じゃない、受けた恩を返さないことが恥なのだ」
誰かに何かをしてもらう時に遠慮や引け目があると、折角の恩も十分に受け取れないことがあります。
だから、恩に限らず何かしらを受ける時は全力で、自分の為だけを考えて受けて欲しいのです。
そして、返せるようになったら存分に返せばいいのです。
恩を返すといっても形は様々です。
何か形として同価値のものを求めることもあれば、
笑顔になって幸せになってくれることが恩返しだという人もいるでしょう。
子供に与えた見返りは、子供が健やかに生きてくれればそれで十分と考える親もいるでしょう。
恩返しの形に決まりはありません。
返すことばかりを気にしてしまって恩を全力で享受できないのは本末転倒です。
カウンセリングの話に戻しましょう。
では、カウンセラーは何を見返りとするのか。
我々はきちんと正規の料金をいただき、カウンセリングを提供しています。
ですので、恩返しをして頂く必要はありません。既に我々は見返りをいただいているのですから。
だから、これからカウンセリングを受けようと思っている方は、
何も気にすることなく、自分の求めるものを遠慮なくカウンセラーに求めてもらっていいのです。
その求められるものに対して、私の出来る可能な範囲内で全力でお応えします。
その結果、カウンセリングが良い結果に繋がることこそが、最優先の目的なのですから。
最初に言ったように、これは私の個人的なカウンセラーとしてのあり方です。
ボランティアでなく、個人的な趣味でなく、職業としてこの仕事を選んだ以上、
対価をいただきそれに応えて全力を尽くす。
それが礼儀であり責任だとそう思って日々臨んでいます。
相談者の方からの感謝や謝罪の気持ちは嬉しいですよ。
でも私は当然のことをしているだけです。
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2015年6月11日木曜日
カウンセリングを学ぶということ
プロフィールにも書いてありますし、このブログでも時折その話題に触れているのでもうご存じの方もいるとは思いますが私たるみは、カウンセラーの資格取得学校の講師もさせていただいています。
私が講師を務めさせて頂いているのは、『日本カウンセラー学院』といいます。
私自身も卒業した学び舎であり、2003年にそこで学んだカウンセリングの技術が今の私のカウンセラーとしての礎となっています。
それ以前に大学でも心理を学んでいたのですが、当時私の通っていた大学には『臨床心理学』という分野はなく、『心理学』というカテゴリーだったのですが、大学では主に『知識』『理論』を学んでいました。
その頃の私は将来的には『現場で実際に人と関わる』というよりも『研究』という分野に進もうかと漠然と考えていました。
今考えればそれは必然だったのだと思います。
その頃私は、数人の精神的に不具合を感じる方と出会いました。そんな方たちとの関わりの中で、『臨床』への欲求が大きくなっていました。
※臨床(りんしょう、英語: clinic)とは、狭義には医学・歯学・看護学等の医療分野において、また最近では心理学・教育学・社会学・法学等の学問領域においても、医療・教育・カウンセリングその他の介入を行う「現場」、あるいは「現場を重視する立場」を指す。
そうして入学したカウンセラー学院では、それまでの大学で学んだ心理学とはずいぶんと違った講義の内容でした。
心理学者の名前を覚えなくてもいいし、細かい年号も知る必要はない。理論も必要最低限の理解だけが求められました。
その代わりに徹底的にカリキュラムで重視されていたものが、
『現場での人との関わり方』。
何気ない言葉ひとつ、無自覚な所作、その結果どのような影響が考えられ、どのような効果を生むのか。
そういった、実際に人と関わる際に必要な技術や知識を中心としたカリキュラムでした。
今でも覚えています。
「相手のことを思う気持ちだったとしても、相手にそれを受け止める準備がないとそれは効果的ではなくなるのだよ」
その講師の言葉はそれまでの私の『カウンセリング観』を根底から覆すものでした。
当時まだ20代になったばかりで若かった私は、
カウンセリングとは卓越したヒーローのようなカウンセラーが相談者の悩み事を的確なアドバイスであっという間に解決してあげる。
そんな魔法のようなものだと思っていたからです。
つまり、カウンセラーが主役だと思っていたのです。
実際は違いました。主役は相談者だったのです。
そんな当たり前のことを、何より重んじることを知りました。
その学院を卒業して私は直ぐに現場でのカウンセリング業につきました。
勿論その学んだスタイルはすぐには使いこなせず、自分なりに効果的と思えるカウンセリングを試行錯誤しながら行っていました。
それから12年が経った今、私のカウンセリングのスタイルは、当時学んだカウンセリングのスタイルに自分なりにはかなり近づいているように思えます。
むしろ、このスタイルこそが一番効果的だと今は自信を持って言えます。
だからこそ私は、後に講師として教える側に立った時、その部分を強調して学生さんにお伝えしています。
結果、卒業後にカウンセラーとして活躍されている方もいらっしゃいます。
現職に活かされている方もいます。
長年の悩みだった家族関係や人間関係が解決した方もいらっしゃいます。
そしてそんな皆さんがこう言ってくれます。
「カウンセリングで学ぶことって、なんにでも応用できることなんだ」
「誰かのために学んだのに、自分が楽になれた」
そんな言葉を聞くにつれ、
私の学んだもの、そして伝えようとしているものは間違っていないんだ、と再確認させてくれます。
そんなカウンセラー学院は、この秋も新入学生を募集しています。
また、新しい学院生さんとの出会いがあり、学ぶことで様々なものを得て変容していく様子を間近で感じることができるのかと思うと、思わず今からワクワクとしてしまいます。
興味がある方、カウンセリング技術を学びたいという方、自身のより良い人生に活用したいとお考えの方、ご連絡いただけましたら個別で説明会をしておりますので下記リンクにお気軽にお問い合わせ下さいませ。
日本カウンセラー学院
お問合わせ先:03-5296-7773(東京神田本校)
(たるみは名古屋校を担当させていただいています)
新しい学びは、いつでも貴方をお待ちしています。
先生と呼ばれるのは未だに照れくさい。たるみでした。
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私自身も卒業した学び舎であり、2003年にそこで学んだカウンセリングの技術が今の私のカウンセラーとしての礎となっています。
それ以前に大学でも心理を学んでいたのですが、当時私の通っていた大学には『臨床心理学』という分野はなく、『心理学』というカテゴリーだったのですが、大学では主に『知識』『理論』を学んでいました。
その頃の私は将来的には『現場で実際に人と関わる』というよりも『研究』という分野に進もうかと漠然と考えていました。
今考えればそれは必然だったのだと思います。
その頃私は、数人の精神的に不具合を感じる方と出会いました。そんな方たちとの関わりの中で、『臨床』への欲求が大きくなっていました。
※臨床(りんしょう、英語: clinic)とは、狭義には医学・歯学・看護学等の医療分野において、また最近では心理学・教育学・社会学・法学等の学問領域においても、医療・教育・カウンセリングその他の介入を行う「現場」、あるいは「現場を重視する立場」を指す。
そうして入学したカウンセラー学院では、それまでの大学で学んだ心理学とはずいぶんと違った講義の内容でした。
心理学者の名前を覚えなくてもいいし、細かい年号も知る必要はない。理論も必要最低限の理解だけが求められました。
その代わりに徹底的にカリキュラムで重視されていたものが、
『現場での人との関わり方』。
何気ない言葉ひとつ、無自覚な所作、その結果どのような影響が考えられ、どのような効果を生むのか。
そういった、実際に人と関わる際に必要な技術や知識を中心としたカリキュラムでした。
今でも覚えています。
「相手のことを思う気持ちだったとしても、相手にそれを受け止める準備がないとそれは効果的ではなくなるのだよ」
その講師の言葉はそれまでの私の『カウンセリング観』を根底から覆すものでした。
当時まだ20代になったばかりで若かった私は、
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そんな魔法のようなものだと思っていたからです。
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カウンセリングのこと,
自分のこと,
心理のこと,
日々に思うこと
2015年6月10日水曜日
壊れたパソコンと頼れるおじさん
今私のもとには、壊れたパソコンが一台あります。
それは、数年前に実家の親の為に用意した(費用は親が出したのですが)パソコンでした。
しかし、数年と経たないうちに故障してしまい、そのまま放置されていました。
簡単な修理ならできるかと思い持って帰って色々と試してみたのですが、わかったことは
「自分では直せない」
ということだけ。
どうやらマザーボードの故障であるらしきところまでは突き止めたのですが、流石にそこは私程度の素人では修理不可能でした。
大手量販店(ソ○マッ○)に修理見積もりを出した所、10万円近くを提示されて半ば諦めかけていました。
そんなまま、またしばらく放置だったのですが、
仕事でノートPCが必要になり、購入を考えていたところで、その存在をふと思い出しました。
そして私が今住んでいる近所には、『パソコン・ワープロ修理』という看板の掲げられた個人商店があったことも思い出しました。
ということで今日その故障したPCを持ち込んでみたところ。
状態を見てものの数秒で
「あー、こりゃマザーボードだね」
とのスピード診断。
「すごい!私が数日かかってやっとわかった故障箇所だったのに!」
更に続いて出た言葉。
「二日もくれれば直しますよ。値段は○○円くらいかな」
「なんと!?○フ○ップの半額以下!?」
二つ返事で修理を依頼しました。
直って帰ってくるのが楽しみです。
某量販店に悪意のあるような文章になってしまったかもしれませんが、伝えたかったのはそこではなく、この店主さんに対して感じた『安心感』です。
自分では直せず、大手に頼んでも満足のゆく対応でなく、「もうダメか」と諦めかけていたところで、
頼もしく解決してくれた店主さんにもらった『安心感』がただただ嬉しかったのです。
そうして思いました。
今日の私は、悩みを持って専門家の元に訪れる相談者だったのだ、と。
カウンセリングに訪れる相談者の方々は、自分一人や周囲の協力だけでは努力しても解決できなかった悩みを抱えていらっしゃいます。
そんな、どうにかして悩みを解決しようと、私たちカウンセラーを選んでくれた相談者の方に、私は『安心感』を与えられる存在でありたいと。
勿論カウンセリングは、我々カウンセラーの一人相撲では成り立ちません。我々が解決できる力を持っていたところで、それが相談者にとって有効でなければ意味がありません。
技術や知識だけでどうにかなるものではないにしろ、
「カウンセラーが協力して解決にあたってくれるのだ」
という『安心感』を感じてもらうことは必要なのだと思います。
思わぬところで再確認したカウンセラーとしての存在のあり方。
日常でも発見はたくさんあります。
普段はソフマップさんよく利用してますよ。たるみでした。
※お知らせ
教材用のカウンセリングDVD制作を計画しています。
つきまして、ボランティアでクライエント役をして頂ける方を募集しています。
興味のある方は下記宛先『名古屋 栄カウンセリング』までメールでのご連絡お待ちしています。
垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
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それは、数年前に実家の親の為に用意した(費用は親が出したのですが)パソコンでした。
しかし、数年と経たないうちに故障してしまい、そのまま放置されていました。
簡単な修理ならできるかと思い持って帰って色々と試してみたのですが、わかったことは
「自分では直せない」
ということだけ。
どうやらマザーボードの故障であるらしきところまでは突き止めたのですが、流石にそこは私程度の素人では修理不可能でした。
大手量販店(ソ○マッ○)に修理見積もりを出した所、10万円近くを提示されて半ば諦めかけていました。
そんなまま、またしばらく放置だったのですが、
仕事でノートPCが必要になり、購入を考えていたところで、その存在をふと思い出しました。
そして私が今住んでいる近所には、『パソコン・ワープロ修理』という看板の掲げられた個人商店があったことも思い出しました。
ということで今日その故障したPCを持ち込んでみたところ。
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とのスピード診断。
「すごい!私が数日かかってやっとわかった故障箇所だったのに!」
更に続いて出た言葉。
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二つ返事で修理を依頼しました。
直って帰ってくるのが楽しみです。
某量販店に悪意のあるような文章になってしまったかもしれませんが、伝えたかったのはそこではなく、この店主さんに対して感じた『安心感』です。
自分では直せず、大手に頼んでも満足のゆく対応でなく、「もうダメか」と諦めかけていたところで、
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そうして思いました。
今日の私は、悩みを持って専門家の元に訪れる相談者だったのだ、と。
カウンセリングに訪れる相談者の方々は、自分一人や周囲の協力だけでは努力しても解決できなかった悩みを抱えていらっしゃいます。
そんな、どうにかして悩みを解決しようと、私たちカウンセラーを選んでくれた相談者の方に、私は『安心感』を与えられる存在でありたいと。
勿論カウンセリングは、我々カウンセラーの一人相撲では成り立ちません。我々が解決できる力を持っていたところで、それが相談者にとって有効でなければ意味がありません。
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「カウンセラーが協力して解決にあたってくれるのだ」
という『安心感』を感じてもらうことは必要なのだと思います。
思わぬところで再確認したカウンセラーとしての存在のあり方。
日常でも発見はたくさんあります。
普段はソフマップさんよく利用してますよ。たるみでした。
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2015年6月8日月曜日
マンデーインザレイン
6月に入り、梅雨入りしてから当たり前ですが雨が増えましたね。
今日も朝から一日雨でした。
昨日は一日かけて伊勢の日帰り旅行だったので今日は体休めの意味で元々お休みに設定していたのですが、
雨のせいもあり結局は家で過ごすだけの日になってしまいました。
「折角の休日だったのに雨じゃなぁ……」
と言った気分でしょうか。
『雨』というと=『憂鬱』というイメージを持たれることが多いようです。
たしかに、出かけるには躊躇しますし、湿度は高くなりますし、傘をさすのも手間です。
だからといって雨が降るたびに憂鬱になっていたのでは梅雨のこの時期は楽しめません。
ということで、今日は雨をポジティブに捉えてみましょう。
「せっかくの休日なのに雨が降ってしまった」
ではなく、
「せっかく雨なのだから、雨の日ならではの過ごし方をしよう」
と考えるのはいかがでしょう?ということです。
雨の日だって楽しめますよ。
ということで、私がお勧めする雨の日を楽しく過ごすコツ。
① 部屋で映画・ゲームに興じる
はいそうですね。ご存知の方もいらっしゃるともいますが、私は基本的にインドア派です。
ゲームは好みが分かれるところでしょうし、好きな人は言われなくても一日中プレイするでしょうしまぁいいでしょう。
例えば、「好きなドラマがあり、毎週楽しみにしているのだけれども、仕事で帰りが遅くなって数回見逃してしまっている。もしくは録画してあるが見る暇がない」
こういうこと、多いですよね。で、見ないまま忘れていたり、マイブームが去ってしまったり。
そういうのを一気に解消するチャンスですよ。雨の日って。
溜まったDVDや録画してある番組、未プレイのゲームなどを片付けるチャンス。でも見過ぎると目が疲れるので気をつけて!!
その② お気に入りの傘でお出かけする
これ女性向けかもしれませんけどね。
雨の日を楽しむというなら、雨の日特有のイベントを楽しみたいものです。
ということで傘。限らず雨具なんでもいですよ。
例えば、デザインがとっても気に入っている傘があるとします。しかし、日傘でない限り、晴れた日に傘を持って歩くのはちょっと違和感です。
そこで逆転の発想です。
「雨が降っているから傘をささなければいけない」
ではなく
「雨が降っているので傘をさすことができる」
なら、普段は面倒くさい傘の持ち歩きもファッションアイテムのひとつとして考えられませんか。
ちなみに私はお気に入りだった和傘を先日お酒の失敗で紛失してしまいました……。
その③ 雨の街を眺める
ただそれだけです。
これ、やったことある人はこの良さがわかってもらえると思うのですが、意外と楽しいものです。
私のお気に入りの方法は、喫茶店(店内が静かな雰囲気でゆっくりできるような所がいいですね。ソファの座り心地が良ければなお良しです)で、美味しいコーヒーを飲み、本を読んだりしながら雨模様の街の様子をぼんやりと眺める。窓際の席なら文句なしです。
つまらないと思います?
そんなことなかれ、喫茶店の中から外の世界を眺めるのって楽しいんですよ。なんだかちょっと異世界を覗いてるみたいな感じで。
天気の日でもそう感じるんですから、雨だとなおさらなのです。
メロウ? 浪漫? なんだかそんな叙情的な気持ちになっちゃいます。
特にGW中だと、普段はサラリーマンが忙しく走り回っているような場所でも、家族連れや若い人などが行き交っているので、喫茶店トリップ(私が勝手に名づけた喫茶店でボーっと街を眺めてトリップする時間の過ごし方の意)初心者の方でも楽しめるチャンスだと思います。
いかがでしょう。雨の日の楽しみ方が少しでも伝わったでしょうか?
皆さんも何かおすすめの雨の日の過ごし方があれば教えてくださいね。
私の好きな台詞でこういうのがあります。
「雨の日は憂鬱に。人はそう教えられたらそう思ってしまう脆弱な生き物だ。雨の日だって楽しいことはあるのにね」
雨に唄えば。たるみでした。
※お知らせ
教材用のカウンセリングDVD制作を計画しています。
つきまして、ボランティアでクライエント役をして頂ける方を募集しています。
興味のある方は下記宛先『名古屋 栄カウンセリング』までメールでのご連絡お待ちしています。
垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
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今日も朝から一日雨でした。
昨日は一日かけて伊勢の日帰り旅行だったので今日は体休めの意味で元々お休みに設定していたのですが、
雨のせいもあり結局は家で過ごすだけの日になってしまいました。
「折角の休日だったのに雨じゃなぁ……」
と言った気分でしょうか。
『雨』というと=『憂鬱』というイメージを持たれることが多いようです。
たしかに、出かけるには躊躇しますし、湿度は高くなりますし、傘をさすのも手間です。
だからといって雨が降るたびに憂鬱になっていたのでは梅雨のこの時期は楽しめません。
ということで、今日は雨をポジティブに捉えてみましょう。
「せっかくの休日なのに雨が降ってしまった」
ではなく、
「せっかく雨なのだから、雨の日ならではの過ごし方をしよう」
と考えるのはいかがでしょう?ということです。
雨の日だって楽しめますよ。
ということで、私がお勧めする雨の日を楽しく過ごすコツ。
① 部屋で映画・ゲームに興じる
はいそうですね。ご存知の方もいらっしゃるともいますが、私は基本的にインドア派です。
ゲームは好みが分かれるところでしょうし、好きな人は言われなくても一日中プレイするでしょうしまぁいいでしょう。
例えば、「好きなドラマがあり、毎週楽しみにしているのだけれども、仕事で帰りが遅くなって数回見逃してしまっている。もしくは録画してあるが見る暇がない」
こういうこと、多いですよね。で、見ないまま忘れていたり、マイブームが去ってしまったり。
そういうのを一気に解消するチャンスですよ。雨の日って。
溜まったDVDや録画してある番組、未プレイのゲームなどを片付けるチャンス。でも見過ぎると目が疲れるので気をつけて!!
その② お気に入りの傘でお出かけする
これ女性向けかもしれませんけどね。
雨の日を楽しむというなら、雨の日特有のイベントを楽しみたいものです。
ということで傘。限らず雨具なんでもいですよ。
例えば、デザインがとっても気に入っている傘があるとします。しかし、日傘でない限り、晴れた日に傘を持って歩くのはちょっと違和感です。
そこで逆転の発想です。
「雨が降っているから傘をささなければいけない」
ではなく
「雨が降っているので傘をさすことができる」
なら、普段は面倒くさい傘の持ち歩きもファッションアイテムのひとつとして考えられませんか。
ちなみに私はお気に入りだった和傘を先日お酒の失敗で紛失してしまいました……。
その③ 雨の街を眺める
ただそれだけです。
これ、やったことある人はこの良さがわかってもらえると思うのですが、意外と楽しいものです。
私のお気に入りの方法は、喫茶店(店内が静かな雰囲気でゆっくりできるような所がいいですね。ソファの座り心地が良ければなお良しです)で、美味しいコーヒーを飲み、本を読んだりしながら雨模様の街の様子をぼんやりと眺める。窓際の席なら文句なしです。
つまらないと思います?
そんなことなかれ、喫茶店の中から外の世界を眺めるのって楽しいんですよ。なんだかちょっと異世界を覗いてるみたいな感じで。
天気の日でもそう感じるんですから、雨だとなおさらなのです。
メロウ? 浪漫? なんだかそんな叙情的な気持ちになっちゃいます。
特にGW中だと、普段はサラリーマンが忙しく走り回っているような場所でも、家族連れや若い人などが行き交っているので、喫茶店トリップ(私が勝手に名づけた喫茶店でボーっと街を眺めてトリップする時間の過ごし方の意)初心者の方でも楽しめるチャンスだと思います。
いかがでしょう。雨の日の楽しみ方が少しでも伝わったでしょうか?
皆さんも何かおすすめの雨の日の過ごし方があれば教えてくださいね。
私の好きな台詞でこういうのがあります。
「雨の日は憂鬱に。人はそう教えられたらそう思ってしまう脆弱な生き物だ。雨の日だって楽しいことはあるのにね」
雨に唄えば。たるみでした。
※お知らせ
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2015年6月7日日曜日
伊勢神宮へ参拝
今日は日の昇る前から起きて三重県へ。
伊勢神宮の奉納演武へ行ってきました。
参拝で御神楽を見ることができたのですが、その厳かさに感慨無量でした。
伊勢神宮内に立ち入ると、空気が違うのですね。
ピント張り詰めたというか、凛とした空気が外界から遮断された特別な空間だということを感じさせてくれます。
鳥や虫の声もしない、ただ砂利石を踏み進む音だけが耳に残り、ああ、ここは神の空間なのだと疑問なく信じられる、そんな清らかな場所でした。
奉納で行われる演武の数々も、研鑽され積み上げられた鍛錬を感じられるすばらしいものばかりでした。
『武道』に限らず、積み上げられた研鑽の結果というのはおしなべて素晴らしいものです。
そしてそれは、形に見えやすい『技』や『技術』だけでなく、目に見えないものにも感じ取ることができます。
例えばそれは『人生』や『人柄』。
どのような人生を歩んできたかという具体的な出来事こそ、語られない限り知りようもありませんが、
人生での経験を真摯に受け止め、成長の糧とし、たゆまぬ努力や日々の研鑽を実現してきた人は、語らずともその人生の重みが、そこからにじみ出る人柄が伝わるものです。
『魅力的な人』とは、語らずともその人生を感じ取れるような、そんなこれまでの経験を大切に扱い、かつ受け止めて自分の糧としてきた人なのだと、そう改めて思い知ることのできる貴重な一日でした。
私は昔から年齢よりも若く見られることにコンプレックスを抱いていました。
最近やっと年相応に見られることも増えてきて喜んでいたのですが、
ただ年を重ねるだけでなく、それに見合った経験値を伴った、本当の意味で『立派な大人』になりたいと願います。
格好いいおじさんになりたい。たるみでした。
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伊勢神宮の奉納演武へ行ってきました。
参拝で御神楽を見ることができたのですが、その厳かさに感慨無量でした。
伊勢神宮内に立ち入ると、空気が違うのですね。
ピント張り詰めたというか、凛とした空気が外界から遮断された特別な空間だということを感じさせてくれます。
鳥や虫の声もしない、ただ砂利石を踏み進む音だけが耳に残り、ああ、ここは神の空間なのだと疑問なく信じられる、そんな清らかな場所でした。
奉納で行われる演武の数々も、研鑽され積み上げられた鍛錬を感じられるすばらしいものばかりでした。
『武道』に限らず、積み上げられた研鑽の結果というのはおしなべて素晴らしいものです。
そしてそれは、形に見えやすい『技』や『技術』だけでなく、目に見えないものにも感じ取ることができます。
例えばそれは『人生』や『人柄』。
どのような人生を歩んできたかという具体的な出来事こそ、語られない限り知りようもありませんが、
人生での経験を真摯に受け止め、成長の糧とし、たゆまぬ努力や日々の研鑽を実現してきた人は、語らずともその人生の重みが、そこからにじみ出る人柄が伝わるものです。
『魅力的な人』とは、語らずともその人生を感じ取れるような、そんなこれまでの経験を大切に扱い、かつ受け止めて自分の糧としてきた人なのだと、そう改めて思い知ることのできる貴重な一日でした。
私は昔から年齢よりも若く見られることにコンプレックスを抱いていました。
最近やっと年相応に見られることも増えてきて喜んでいたのですが、
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