2018年8月27日月曜日

健全なる精神は健全なる肉体に宿るのか?


ジャカルタでアジア大会が行われており、テレビでも連日放映されていますね。
2年後のオリンピックもそうですが、こういった大会が行われると普段あまり知る機会のない競技を見れてとても面白いです。
『にわか』と言われても仕方のない姿勢ですが、まぁそんな感じで大きなイベントだけ盛り上がるという人も多いのではなでしょうかね。

というわけでスポーツの話題ですが、今年は高校野球も100回目の大会だそうで盛り上がっていますね。
球児へのインタビューを見ていると、高校生なのにしっかりとした受け答えができて
「ほえー、凄いなぁ」などと思います。

「やっぱりスポーツやってる子はちゃんとしてるもんだね」
なんて無責任に、『スポーツ=健全さ』のイメージを感じてしまいます。

野球だけに限らず、スポーツ選手というのは品性も備わっていると信じがちです。
(最近スポーツ選手の買春問題なんかも問題になりましたしね)

そんな先入観の原因として、この言葉があるのではないでしょうか。

『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』

体育会系の指導ではよく使用されてきた言葉だそうです。
ですが、実はこの言葉は誤用されているという事実をご存知でしたか?

この言葉は、古代ローマ時代の詩人ユウェナリス(デキムス・ユニウス・ユウェナリス)の風刺詩に登場する言葉で、
本来は「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」とされており、

神に願うなら欲張らずに、過ぎた願いを持たずに慎ましく体と心の健康だけを願うくらいにしておきなさい

そんな意味なのだそうです。

または、
体が健康なら心も健全であればいのに、なかなかそう上手くはいかないものだね。
と当時を皮肉った風刺であるという説もあるそうです。

とにかく、体が健全な人は心も健全である、という意味ではないようです
間違っても、体を鍛えない人は心も健全ではない、なんていう意味はありません。

考えてみればそうですよね。
体に怪我や障碍があっても健全な精神を持った人もいますし、
その逆も然りです。

健康な体と健康な心。
確かにその二つさえあれば他に望むものなんてないかもしれませんね。

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2018年8月26日日曜日

発達障害になりたい人が増えているとか


いかにも現代らしいと感じた、興味深い記事がありました。

『「あなたは発達障害です」と言ってほしい女性たち…完璧主義の生きづらさ』(クリックで記事へ飛べます)

記事の中で精神科医の香山リカ先生も仰っていますが、自ら発達障害を疑う相談者さん、確かに私も臨床の現場で増えたと感じます。

とはいえ、発達障害だけではないんですけどね。
メディアで目新しい疾患名や新語が取り上げられると、その言葉を持ち出す方は多いものです。
『コミュ症(コミュニケーション障害)』『毒親』『適応障害』『パニック障害』
などを最近はよく耳にします。

「わたし、○○じゃないかと思うんですよ。調べてみたら当てはまる特徴が多くて……」

カウンセリングでそんな訴えをされる方は増えるというのは、色々な情報が手軽に見聞きできるようになった現代らしい傾向ですね。

悪いことではないと思います。
一昔前は、精神障害関連はタブーにされることも多かったので、一般にはその実態が伝わらず、その結果過剰な差別意識を生んでいたのも事実ですしね。

近年、精神疾患の罹患数が増えていると言われていますが、
個人的には昔も同程度の数はいたけど診断を受ける機会が少なかったのではないかと思うんですよね。『精神科』に対する偏見も今よりずっとありましたし。
なので、一般的にも浸透して、診断の機会が増えるのはとてもいいことだと思います。

ですが、一つ危惧することがあります。

あくまで、診断されることで適切な治療を受けることが目的であるなら、私としては大賛成です。
しかし、診断名(病名)をつけてもらうことが目的になっているのではないか、という場合です。

これは大きな違いがあります。
確かに、自分の抱える悩みやコンプレックスに、やむを得ない理由や根拠があると安心できるでしょう。
少なくとも、「自分の努力不足」という自責の気持ちは払しょくされるかもしれません。
しかし、それでは「納得できて一時的に安心した」だけで「問題が解決した」わけではありません。

実際私のルームでもこんなことがありました。
ある相談者さんが、当時はやった書籍『片づけられない女』を読んで自分もADHDなのでは? と疑いを持ち診断を受けたところ、見事(?)思った通りの診断名が付きました。
そのことを嬉しそうに私に報告してくれました。
「よかった。私のせいじゃなかったんだ。もうカウンセリングは終わりにします」
そう言って終結したかに思われました。
ところが数か月後、その方から再び予約が入りました。
「障害のせいだというのはわかったけど、問題は何も解決しないままなので困ってます」
そんな経緯でカウンセリングを再開したことがあります。
(このエピソードは細部は変えてあります)

『原因の特定』と『解決』は別物です。
違う言い方をするなら、
『誰が(何が)悪いかが判明しても、問題解決にはならないことが多い』
という事です。

心理カウンセリングは医療ではありませんので、診断をすることは許されていません。
だからこそ我々は、悩みを解決することを目的として関わらさせて頂いています。

診断が必要な場合は病院をご紹介しますが、
解決に向かって一緒に取り組んでいくパートナーとしてカウンセラーを頼ってください。

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2018年5月19日土曜日

身体がしんどいと心もしんどくなる


先週あたりから名古屋でも続々と30度を超える日が記録されています。
5月とは思えない真夏日。
しかも梅雨も間近ということで湿度も高くなんともキビしい気候です。
ことあるごとに言っていますが、こういった気候の変わり目の体調管理には気を付けてくださいね。

実際、当ルームに現在通っていただいている相談者の方たちで、うつ等の精神疾患の方たち中にも、この気候で調子を崩されている方は少なくありません。
うつなどの精神疾患は『心の病気』だけだと思われがちですが、体調によっても状態に影響はあります。

『心の不調』が『身体の不調』に繋がる、というのはわかりやすいかもしれません。
心配事や悩みがある時は、頭痛や胃痛など身体症状に出ることは想像しやすいでしょう。

ですが同時に

『身体の不調』が『心の不調』にも繋がります。
これも、考えてみれば当然のことなのですよね。
身体の不調によって、免疫が下がったり、自律神経が乱れたりします。
それらは、ホルモンバランスの不調となり、結果的に心の不調にも影響します。

心も身体も、どちらもバランスが取れていることが大切なんですよね。
心と体はそれほど繋がっているものです。
心身一如なんて言いますね。

うつの改善には、規則正しい生活リズムや食生活、適度な運動などが有効とされますが、
結局のところ健康な身体を保つというのが実は一番大事だったりします。

とはいえ、そんな健康管理が難しい状態こそがうつの症状だったりするので、そう簡単ではないのですが。
投薬治療で症状を軽減し、そのうえでカウンセリングなどの併用が有効とされるのはそういった理由でもあります。

「心が疲れてしまっているな」
そう感じた時には、身体も疲れてしまっているのかもしれません。

そんなわけで、心の健康の為にも身体の健康を心がけたいものです。

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2018年5月5日土曜日

こどもの日


ゴールデンウィークも明日で終わり、月曜日からはまた日常となります。
どこかに旅行に行ったり、ゆっくり休日を満喫したり、家族サービスで疲れてしまったり、色々な過ごし方をされたのではないかと思います。

そんな今日は5月5日。『こどもの日』ですね。
国民の祝日ですが、主役はこどもと母親だそうで、
こどもの幸せを願い、母親に感謝する日、なのだそうです。

ところで、『こども』もしくは『子ども』という表記の仕方が最近大多数ですが、
少し前は『子供』と漢字で書かれるのが一般的でした。

これは『子供』の『供』という漢字はそもそもが当て字であり、想起するイメージも良くないという理由から、漢字とひらがなを交ぜ書きしての表記となったのだそうです。

これ以外にも昔とは表記の変わった言葉というのは結構あります。
別の漢字に置き換えられたり、言葉自体を変化させたりと、イメージの払しょくを狙っての表記変化は様々な分野でも行われています。

呼び方を変えることに意味があり、良い効果もあるのでしょうが、
浸透していなかったりしてうっかり使用してしまうと、なんだかいけないことをしてしまったような、少し申し訳ない気持ちになってしまいます。

「表記が変わったので言い換えなければいけない」
そう、ただ古い表記をタブ-としてしまうのではなく、
「新しい表記にはこんな意味や意図があるんだ」
そんな風に我々はもっと興味を持って知ろうとしなければならないのでしょうね。

本質は、『言葉』を変えるのではなく、『意識』を変えるということなのですしね。


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2018年4月30日月曜日

世間はゴールデンウィーク


世間はゴールデンウィークですね。
私のルームは、通常営業しています。
祝日は普段忙しくて来れない会社勤めの方たちはかえって予約が取りやすいですからね。

そんなゴールデンウィークですが、由来は映画配給会社の業界用語という説が濃厚というのをご存じでしたか?
諸説は様々らしいですが、5月の連休は興行収入が上がりやすいということから、
映画業界にとって『輝く期間』という事でゴールデンウィークと呼ばれだしたそうです。
まぁそもそも和製英語ですからね、日本で生まれた言葉なのだろうとは想像つきますねどね。

この言葉ができたのは昭和20年代だそうです。
当時はまだレジャー産業が今ほど選択肢もなかったのでしょう。
連休は家族で映画を見に行こう!
そんなお出かけがハイカラだったのかもしれませんね。

現代はレジャーの選択肢もずいぶん増えましたね。
私が子供の頃は、デパートに買い物ってだけでもワクワクのお出かけでした。
今なら近所のイオンだって当時のデパートにひけを取らないレジャー施設になっています。
旅行だって行きやすくなりましたものね。

色々なものに触れ、学び、体験する。
そういった経験は子供にとっては後の性格形成にも大きな影響を与えます。
近代的な経験もたくさんできますし、
身近に減ったとはいえ、自然に触れる機会も作る事もできます。
そういった意味では今の子供たちはの『経験』は一昔前より幅が広がっているのかもしれませんね。

とはいえ、選択肢が多いからいいという訳でもないわけで、
望ましくない経験をする機会だって増えているのもまた確かでしょう。
私が子供の頃にはなかった危険だってたくさんあります。

大切なのは、過度に世界を狭めるのではなく、無制限に経験させることでもなく、
色々なものに触れ、その経験を通して学び、活かすこと。
その為には我々大人が、大人としての責任を持って見守ることが必要なのでしょう。


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2018年4月23日月曜日

日本カウンセラー学院 体験レッスン開催のお知らせ


私が講師を務める日本カウンセラー学院の、春クラスの募集がそろそろ締め切りとなります。
つきましては、授業内容を体験できる体験レッスンを随時開催しています。

5月は3日、6日の昼の12時からと、夕方の6時半から開催しています。
ゴールデンウィーク中なので、普段お仕事が忙しい方も参加されやすいかと思います。

詳しい情報やお申込みは下記リンクからどうぞ。

■5月3日(木)開催
 ・12:00開催
 ・18:30開催

■5月6日(日)開催
 ・12:00開催
 ・18:30開催

5月開講予定ですので、今回の体験レッスンが最後のチャンスとなります。
ご興味が方あるはぜひご参加ください。

※予約制ですのでご参加の場合は、申し込み予約を忘れずにお願いします。

カウンセリングに興味のある方や、カウンセラー志望の方をお待ちしております。




2018年4月22日日曜日

他人の世界を知る


日に日に暖かくなっていきますね。
春めいてるというよりは、夏めいてると言う方がしっくりくるようなここ数日の気温は少しやりすぎな気もしますが。
寒暖差に弱い私としては、もう少しお手柔らかに季節が移り変わってほしいものです。

私は日頃の運動不足解消のため、できるだけ出勤の時などに歩くようにしているのですが、ここ最近は道行く草花に癒されることも多くなってきました。
この時期だとツツジや藤が綺麗に咲いているのをよく見ますね。

そんな私は最近、道を歩く時に草花や風景など、心休まるものに注目して歩くということを心がけています。
というのも、私は生来のビビり症なもので、これまで外を歩く時は怖いものや嫌なものをいち早く察知することを無意識に行なっていたようです。
その結果、外を歩くと目が疲れることが多くあります。

そんなことを何気なく話した時にある人から、木々や草花など季節や自然を感じさせる風景などに気づく散歩の楽しさを聞きました。
それ以来、少しそれを意識するようにしているのですが、確かにこれまでとは違った気づきや発見があるものです。

カウンセリングの技術の中に『共感的理解』と言われるものがあります。
これは、相手の気持ちに共感し理解する、と言ってしまえば簡単なのですが。
実はもっと奥が深く、その神髄は、
相手の感じる世界をあたかも自分が感じているかのように体験すること
そう言われています。

話を聞く際、自分の価値観のフィルターを通してしまえば、なかなかその人が感じていることを理解することはできません。
なので相手の世界を、自分のフィルターを通すことなく実感するということなのですが、これがとてもでも難しい。

ですが、今回の私の体験のように、
ほんの少し心構えを変えるだけで、こんなにも自分を取り巻く世界や見えるものがが違うのかと実感することができます。
完璧な共感的理解というものは、他者である以上ありえないかもしれません。
しかしこうして自分の意思を柔軟に広げていく練習も、またカウンセリングに活きてくるものなのかもしれない。

そんな発見をさせてもらった一件でした。


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