2021年4月28日水曜日

新人の憂鬱 ~5月病にならないために~




4月は新生活の季節。
会社、学校など新しい環境での生活をスタートさせた方も多いのではないでしょうか。
新しい環境というのはそれだけでストレス要因となります。
この時期はどうしても無理をしやすく頑張り過ぎてしまった結果、5月になると体力も気力も尽きてダウンしてしまうことも少なくありません。いわゆる5月病というやつですね。
ということで今日は、5月病にならない心構え的なものについてお話ししようかと思います。

まず第一に、『完璧を目指そうとしないでもいい』ということです。
どうしてもね、新〇〇というと気負ってしまて、知らず知らずのうちに完璧を目指そうとしてしまうものです。
ですがね、そもそも慣れない環境で完璧な結果なんてそうそう出せるものではないし、周囲だってそんな期待はしていないでしょう。
意地悪なプレッシャーをかけてくる人もいるでしょうが、そんなのはごく一部。まともな人なら新人に過度なプレッシャーは逆効果であることはわかっています。

そう言われても「できない奴だと思われたくない」と一番自分を追い詰めているのはおそらく自分自身です。
良く言うなら、努力家・志が高い・自分に厳しいストイックな性格と言えますが、物事には裏表両面があります。時としてそんな性格の長所はマイナスに働いてしまい、努力しても達成できない状態が無力感や自責に繋がってしまい、その結果本来の実力すら発揮できないほど心が疲弊することになりかねません。
何事もいきなり完璧にできる人なんていないし、初めは失敗して当たり前です。今は新しことにたくさん触れて、経験を積んで未来へ活かす為の土台作りだと思ってください。

仕事だって勉強だって人間関係だって、成功と失敗を繰り返して成してゆくものですし、長期的に見ればその時は失敗だと思っていても後に成功のきっかけとなることだってあります。

誤解しないでくださいね。「頑張るな」ではないです。「完璧を求めすぎるな」ということです。
そもそも我々が思い描く完璧など本当にあるのでしょうか。それを実現している人はいるのでしょうか。
「あの人は完璧だ」そう思う人がいるかもしれません。でも我々が知っているのはその人のほんの一部分です。一部分だけで比較してしまうのは良くないですね。
完璧だと思うその人にだって新人時代はあるしミスだってしてきているはずです。
現在の完成度ばかりに拘らずに、過去→現在→未来の流れを意識して、『今できること』と『未来の理想の姿』を繋ぐ努力が大切なのではないでしょうか。

最後に。
世間でよく言われる「3年頑張れ」説ですが。
3年耐えろって意味ではなくて、3年やればできることも増えて続ける自信も持てるのではないか、という意味です。
多くの仕事で、業務全体の流れやある程度の理解には3年かかると言われています。逆に言えば3年未満はできなくて当然なのかもしれませんね。
ですので、3年経ては状況が改善するわけではないので、大きすぎる負担の中で3年我慢することを推奨する言葉ではありません。
環境にはその人の傾向によって向き不向きはあります。誰にとっても良い環境というものはなく、感じ方は十人十色です。
大事なのは、自分の状態を自分がちゃんと把握して、辛かったら辛い、と言えること。
頑張るのも逃げるのも自分の判断です。そしてその判断基準もまた自分でいいのです。
自分の人生なのだから、自分で責任を取らなければならない代わりに、自分で決めていいはずです。
自分に対してだけは、無理して強がらず正直になれることが、後悔しないコツだと思います。

今日は全体的に説教臭い内容で申し訳ありません。
毎年この時期は新しい環境で必要以上に自信を無くす方が多いので、私なりの今頑張っている人たちへのエールの気持ちを込めてみました。

垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈

2021年4月20日火曜日

今日からマンボウが始まります



愛知県でも20日からまん延防止等重点措置が実施されました。
略してマンボウというと、フグ目マンボウ科マンボウ属に分類される魚類を想像して可愛い気もしますが、実際は全然可愛くない緊急事態宣言一歩手前という油断ならない状況です。

最近は自粛にも慣れてきてしまい気が緩んでいるのも再拡大の要因の一つかと言われています。感染予防に熟練という意味での『慣れ』ならいいのですが、気が緩んでしまうという慣れは良くないですね。

とはいえ、ずっと非常事態気分では精神的にも参ってしまうでしょうし、多少は正常性バイアスなどが働いてストレスを軽減しようとする心理的安定をはかる作用も働いているのでしょうが、現実的な感染拡大予防との折り合いが難しいものです。

当ルームでは、マスク着用と手指の消毒、ケース終了毎の椅子・テーブルの消毒と、エアロゾル対策で空気清浄機による室内換気の対策を取ったうえで通常営業としていますが、心配な方はskypeカウンセリングも用意しておりますのでご希望とされる場合はお申し付けくださいませ。

感染予防に絶対はないですが、だからといってしなくてもいいというわけでもなく、そのラインはその人それぞれの価値観に委ねるしかない部分も多くなると思います。
マスク一つとっても着用効果が実証されているとはいえ100%ではないですし。そもそもコロナウイルスに対する見解も研究者によって脅威度も違うようですし。
マスク着用の必要性をめぐってのトラブルが起きるのも無理のないことだとも思います。
ですが、少なくともそこにリスクが発生するのであれば最小にとどめる為の努力は必要だと思いますし、社会的な風潮に適した行動を選択するという社会性も必要だと考えます。
個人的には、コロナウイルスは勿論、風邪だろうがインフルエンザだろうがリスクが存在していて対策により少しでもリスクが下げられるというのであれば対策をする理由には十分だと思って行動しています。

いつまで続くかわからないこの状況ですが、過度にストレスを感じすぎない程度に工夫しつつできる限りの感染予防をしっかりとして、かつ不要不急の外出や外食を避ける、という多少曖昧ではあるものの現在の生活をもうしばらく続けてゆくしかなさそうです。

健康、心理的ストレス、社会性など多面的に考慮したうえで、各々が自分のできる範囲の行動をして、この難局を乗り越えて平穏な日々が再び戻ることを切に願います。


垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈


2021年3月31日水曜日

差別のない世界の作り方



昨今は『差別』というテーマが世間的な話題に上がることが多くなりました。
差別の対象は多数あり、人種・性別・障碍・家柄・生まれ・宗教・年齢・社会的立場・身体的特徴・思想など、さらに細かく分類してゆけば枚挙に苫がありません。

多様性が望まれる近年の中で根深く残る差別という問題。
差別というのは往々にして、その根底に『偏見』があります。
偏見とはその字の如く、偏った見方のことであり、アメリカの心理学者 ゴードン・オルポートは「偏見とは十分な根拠もなしに他人を悪く考えること」と定義しています。
つまり差別の一側面として、十分な根拠もないのに決めつける、ということが偏見となり差別を生むという考え方ができます。

更に、決めつけの対象は他者だけでなく自分自身にも向けられることもあります。
例えば「自分はどうせダメな奴だ」という自分に対する否定的な決めつけによって自尊心を自ら下げてしまうことも、カウンセリングの場では珍しくありません。

どうして人は決めつけてしまうのでしょうか。
その答の一つとして、『ヒューリスティック』があります。
ヒューリスティック (heuristic)とは、何かしらの意思決定の際に本人も無自覚に用いているほどに慣れ親しんだやり方や法則を指します。
幾つか種類もあり、我々がよく用いるものとして、

その人が人生の中で遭遇した実際の出来事を参考にして、原因や確率を推測する方法を『利用可能性ヒューリスティック』と呼びます。
経験則と言えば聞こえはいいですが、しょせん一人の人生での経験だけでは推測にも限界があるだろうに、人は確信を持ちやすくなります。

もう一つは『代表性ヒューリスティック』と言って、その人の元々持っていた固定観念に合った特徴ばかりを探し出して、大きな特徴のグループに属していると見なすこと。いわゆる『ステレオタイプ(固定観念や思い込み)』に都合のいい部分だけ見ようとする傾向のことですね。

これらヒューリスティックは我々の頭の中のコスト削減のために行われます。
何かを判断したり推論する時に、いちいち丁寧に根拠や情報を集めて整理していては処理が追い付かなくなってしまうので、自分にとってそこまで重要ではない事柄に対してはできるだけ頭のメモリを使わずに過去の経験や既存の知識だけで解決してしまうという事が起きます。
要するに、あまり考えずに楽ができるわけです。
脳がオーバーヒートしてしまわないために必要な機能ではあるのですが、合理性に欠けたり乱暴な決めつけにもなってしまうものです。

話を『差別』に戻しましょう。
差別とはこうしたヒューリスティック手法によって生まれやすいと考えられます。
簡単に言うなら、考えなしの決めつけが差別を助長すると言えるかと。
ならば差別を減らすために必要なことは、決めつけずにちゃんと考えて判断すること、となるのでしょう。
自分の持つ常識や経験則だけでカテゴライズ化して判断してしまわずに、一個人・一事物として先入観なく向き合うことが大事なのです。

私のカウンセリングのベースには『ヒューマニスティック心理学』があります。『人間性心理学』と訳され、その特徴は、人間を決定論的ではなく多面的な存在として、一人として同じ人はいない個人の尊重を重んじることにあります。
まさにその人間観こそが差別のない世界には必要なのではないでしょうか。


垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈

2021年3月11日木曜日

10年という歳月


東日本大震災から10年が経ちました。
今年は10年の節目ということもあり、風化させない・忘れないというテーマで震災を扱うメディアが多いように感じます。

もう10年経つのですね。私は当時から心理臨床の業務に携わっていましたので、メンタルケアの現場で関わらせていただくこともありました。
被災者をはじめ日本中の人々がなにかしら心的な影響を受けていたことを鮮明に覚えています。

防災という観点で言っても、今後への対策としていつまでも忘れてはならない、風化させるべきではないことは明白ですが、10年という月日は人々の悲しみをどのように変えたのでしょうか。

カウンセリングに訪れるクライエントさんには、震災だけに限らず虐待や犯罪被害など過去の出来事に苦しんでいる方々も少なくありません。
そんな方たちが、問題解決や症状の緩和を実感された時に、自身の辛い過去に対しての変化を様々に表現されます。

「過去の出来事の捉え方が変わった」

「縛られていた過去から脱却できた」

「辛い体験を受け入れることが出来た」

そんな、過去と向き合い前へ進むことができた方たちの中で、このような表現をされた方がいました。

「過去の経験は変えられないけれども、思い出にすることができた」

この言葉に私は一つの答えをもらった気がしました。
過去に起きてしまった出来事はもはや変えることのかなわない事実です。
ですが『今ここ』の現在進行形の人生でも変わらぬその苦しみを感じ続けるのではなく、悲しい過去もその人を形成する要素の一つとして、過去を持ちつつ『今ここ』の人生を生きることが、過去の乗り越え方の答えの一つなのではないかと。

とはいえ、10年という歳月は直接被害を受けなかった人たちにとっては過去の出来事として割り切れるものかもしれません。10年ひと昔と言いますし。
ですが、当事者にとっては10年という月日は思い出にするにはまだまだ短すぎる年月でもあるでしょう。

感情の処理・整理は、その大きさや種類によってかかる時間は様々です。
みんなが乗り越えたから私も乗り越えられる、そんな単純なものではありません。
一人ひとり背景が違うように、感情も同じではないのですから。
自分のペースで自分の過去や感情と向き合ってゆけば、きっといつか答えが見つかるものだと思います。

現在も震災の影響を受けている方々の一日も早い回復を心より願います。


垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈


2021年2月9日火曜日

緊急事態宣言のストレスの原因と対処法ヒント



 一部都道府県に発出されている緊急事態宣言の期間延長が決定してしまいましたね。
この状況にストレスを感じている方も少なくないようです。

『コロナ疲れ』というワードは、本来のコロナウイルスの感染症という脅威ではない所にも我々に影響を及ぼしているという意味で象徴的な言葉に思えます。

一つの要因として、一体いつまでこの状況が続くのか、そして緊急事態宣言下でどのような行動をとるべきなのか、それが明確に分からないというストレスがあります。
人は、先が見えない、具体的な方法が提示されていない、現状の説明がなされない、そんな状況に対して不安や焦りを感じやすい傾向があります。
要するに、『よくわからない』ということ自体が不安を感じてしまうのです。

逆に、自分の予想通りに事が運んでいたり、経験したことのある事態にはある程度安心して望めます。
経験あるのではないでしょうか。
仕事でトラブルに見舞われた時、それが大きなトラブルだったとしても以前に経験したことがあれば落ち着いて対処ができるが、小さなトラブルでも未経験の事態には必要以上に焦ってしまうこと。

『知っている』『理解ってる』というのはそれだけで安心材料となり、『知らない』『どうすればいいかわからない』というまさに今のコロナ過という未体験の非常事態は我々にとって非常に大きな不安となっていると思われます。

では、我々はせめて心の安定をどのように図ればよいのでしょうか。
ヒントは、自分で基準を決めること。

国から一定のガイドラインは発表されているものの、日々の行動を一つ一つ指示してくれるほど丁寧なものではありません。
「不要不急の基準って何だろう?」
「マスクを外していい場所ってどこまでなら許されるのかな」
そんな感染予防や自粛の基準に悩んだこともあるのではないかと思います。
一律のルールを決めてくれれば悩まなくて楽なのかもしれませんが、生活様式は人それぞれですからそれは無理なのでしょうね。
なので、はっきりとした基準が提示されていない部分に関しては、個人で基準のラインを決めてしまうことで、
『どうしよう』を『こうしよう』にしてしまうということです。

とはいえ、社会は自分一人ではないので、あなたのOKをNOと判断する人もいるでしょう。
その時は固執し過ぎずに、必要があれば柔軟に周囲の意見も取り入れてまた新たな基準を作ればよいのです。
大切なのは『自分で決める』こと。
そうすることで、自分のとるべき行動がずいぶん明確になるのではないかと思われます。

そうすれば逆に、曖昧な状態を受け入れるというのも可能になります。
流動的で正解のない状況に対して柔軟に任せるスタンスだとしても、否応なしにそうせざるを得なくて流されるのではなく、自分で曖昧であることを選択するのであれば、その時その時で状況に応じた行動が選択できるようになります。
これはコロナ過でなくとも、自分の思い通りにならない社会の中でも結構重要な上手な生き方なのかもしれませんね。

どちらにせよ『自分で決める』ことは余計なストレスを受けずに自分の安定を維持して生きてゆく為には必要なものとなります。
自己を統制できる感覚というのは、対人関係でも重要な要因となりますし、自尊感情にも関わるものです。
自分で決めることができるからこそ柔軟な思考も可能になり、自身の能力を発揮する動機にもなります。
どうすることが正解なのか明確な答えがない今だからこそ、自分の行動を自分で決める力が求められるのかもしれません。


2021年1月30日土曜日

心までソーシャルディスタンスしなくていい


 

お寒うございますね。

さて、非常事態宣言下での外出自粛。なかなか友人や親族など、人と会う事に制限があるこのご時世。仕事もリモート推奨ですしね。
普段から外食やお出かけなどを頻繁にしていた方からは、人と接する機会が少なくなり寂しさを感じて気分が落ち込むという声をしばしば聞きます。

一人の時間が増えることで、良くも悪くも考えないようにしていた問題を否応なく意識してしまうとカウンセリングを訪れた方もいました。
そのせいか婚活市場はコロナ禍以来賑わっているそうで、やはり人は一人では生きてゆくことは難しいのだなと、改めて考えさせられます。

何故、人と関わらないことがそんなにも苦しのでしょうか。
そんな問いの一つの答えが『ストローク』という概念です。

交流分析という心理療法・分析理論の中の概念なのですが、創始者であるBerne.E(エリック・バーン)曰く、「あなたがそこに居ることを私は知っているという存在認知の刺激」という意味を指します。
要するに、自分が存在していることを他者が認めてくれると確かめられるような行動、という事でしょうか。

触れてくる、話しかけてくる、目線を合わせてくる、微笑みかける、などの行動は相手が居ないと成り立たないわけで、自分に対してそれをしてくれるということは、存在を認めてくれているということです。透明人間じゃなく接してくれていると言えばわかりやすいかも。
そんな『ストローク』には肯定的・否定的や条件付き・無条件など種類があるのですが、それはまた別のお話で。

今日お伝えしたいのは、この『ストローク』のことを創始者エリック・バーンはこうも言っています。
「人はストロークを得るために生きているといっても差し支えない」
つまり、我々は他者と関わることで自分の存在を認識してもらうことが生きる目的と言えるほどに大切なものなのだ、そう重要視しているのです。

人と会う事への制限がかかる現状は、我々の『ストローク』を得るチャンスに大きな障害となっています。
さして意識をせずに、朝は出社や登校したら挨拶をして、話しかける時には目を見て、親しい相手とはボディタッチをして、そんなこれまでは当たり前のように行っていた行動の一つ一つは、自分という存在を他者との接触によって確かめる大切なものだったのだと再確認させられます。
いつまで続くのはわからないコロナ過の中で、私たちは今ある『ストローク』をもっと大切にしていかなければならないのかもしれません。

直接会うことはできなくてもメールや通話はできます。
着信音はある意味「ねぇねぇ聞いてよ」というメッセージと思えば無機質な電子音も温かみを感じられるかもしれません。
一回のチャンスで伝えられるストロークが足りないなら、電話やメールの数を増やすことで回数で補えるかもしれない。
ボディタッチや視線でコンタクトができないなら、文章や言葉にその気持ちを加える工夫だってできるかも。
例えば、相手の目を見て笑顔の表情で「がんばってね」と伝えたなら、言葉以上のメッセージが伝わります。同じ気持ちを言葉だけで伝えようとするなら「〇〇さん、がんばってね(*^^)v」と名前を呼んで顔文字をつけることで少しは気持ちが乗せられるかもしれない。

これまでと同じは無理でも、少しでも心の距離を近くする工夫はできるはずです。

感染対策としてソーシャルディスタンスは必要なのでしょう。
ですが心の距離まで離してしまう必要はなく、身体的な距離が近づけないからこそ心の距離をこれまで以上に近しく感じられるコミュニケーションを努力することが必要な状況なのかもしれません。


垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈

2021年1月20日水曜日

震災から26年


26年前の1月17日、阪神・淡路大震災が発生した時、私は高校生で関西に住んでいました。
早朝に大きな揺れで一度は目が覚めたものの、被害はなかったので二度寝をして目覚ましで起きてテレビをつけて。ブラウン管に映っていたのは見慣れたはずの街の変わり果てた姿でした。
私の住む地域は大きな影響はなく、通っていた学校の壁にヒビが入って、机の上にコンクリ粉が降っていたくらいでしたね。
まさかあんなに大きな震災だったとは思いもよらず目を疑ったことを覚えています。

あれから26年経ちましたが、大切な人を失った方々、思い出の家や場所を失った方々の気持ちは、どれだけ時が経ってもなかったことにはならず、今でも思いと共に生活されている方も少なくないのだと思います。

そんな中、お笑いトリオ「安田大サーカス」の団長こと安田裕己さんのエピソードが話題になっているようです。
震災に遭い、親友も亡くされているのだとか。

そんな団長さんが、現在のコロナ禍と災害は共通するところがあると感じるところがあるとのことで、このようなことを仰っていました。

「『非常事態やから、みんなで頑張らなあかん』と無理をしたら、すぐに限界がくる」と経験上、知っている。だから、「他人を助けられるのは、自分に余裕があるときだけ。『頑張りすぎたらあかん』」と呼びかけることにしている。

これは本当にその通りだと思います。
他人を助けるのもそうだし、自分自身を助けるにも同じです。
そして、余裕を持つためには『自分を一番大切』にしていることが大切だと私は考えます。

カウンセリングに悩みを持って訪れる方に多いのですが、自分を一番に考えられていないというのはあまり良い傾向とは言えません。
自分を最優先にする、自分にわがままになる、とも言えるでしょうか。
勿論実際にいつも自分中心で物事を判断できない現実はあるでしょう。仕事だったり家族だったり、時には自分を犠牲にしても優先しなければならないことだってあります。

ですが、『何をするべきか』ではなく『何がしたいか』を常に自分に問いかけることは忘れてはいけません。

そう自問自答した末に、自分よりも何かを最優先するのであれば、それはもう自分の決断となります。自分が決断したことは不思議と後悔せずに納得できるものです。

ですので私はカウンセリングの中では常に、相談者様を一番に考えています。当人がそうできないでいる分、カウンセラーである私がその人のことだけを考えるようにしています。
色々な事情や状況もあるでしょう。ですがまずは自分を一番に考えてみる。
「自分はどうしたいのか」
それが明確になって初めて取捨選択が可能になると考えます。

これからカウンセリングを考えている方、
私が「あなたはどうしたいのですか?」と尋ねたら、どうぞご自身のことを一番に考えた、わがままでもいい、自分勝手で自己中心的なお答えを仰ってください。きっとそこが解決のスタートになります。
そしてもし、それがわからないという場合も安心してください。一緒に探していくのもカウンセリングです。


垂水俊輔のカウンセリングの詳細やお問い合わせはこちら
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈
名古屋 栄カウンセリング
❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈・❈