2018年12月11日火曜日

こう考えてみようシリーズ ③『結論の飛躍』


こう考えてみようシリーズの第3弾です。
過去のリンクはこちら⇒
こう考えてみようシリーズ ①『全てか無か思考』
こう考えてみようシリーズ ②『過度の一般化』

認知の歪みの代表的なものを紹介しつつ、その思考パターンから脱却するヒントになりそうな考え方を提案してゆくこのシリーズ。

第3弾は
『結論の飛躍』

確かな証拠も根拠もないのに、否定的な憶測によって悲観的な結論を決めつけてしまうという認知の歪みです。
『誤った先読み』『誤った読心術』の二つが代表的な特徴です。

『誤った先読み』は、
確信した予想などできるはずのない未来に対して、ネガティブな方向に「きっとこうなるに違いない」と決めつけてしまう事です。
前回のテーマの『過度の一般化』と似ていますが、過去の失敗や出来事を一般化しすぎて将来を悲観してしまうのに対して、『結論の飛躍』は過去の失敗体験があるわけでもないのに過度にネガティブな予想に囚われてしまいます。

『誤った読心術(心の読み過ぎ)』は、
特に人間関係で、断片的な情報や態度だけなのに、ネガティブに解釈をしてしまいます。
相手がどう思っているかを確かめもせず、一言やちょっとした態度・表情で「あの人はこう考えてるに違いない」
と決めつけて人間関係にストレスを感じてしまいます。

どちらにしても、他人からすれば
「確かめたわけでもなければ根拠もないのに心配し過ぎだよ」
そんな程度の馬鹿げた考えで、取り合ってもらえない事が多いかもしれません。
でも、本人にとってはその不安や怖さはとても大きく、自分でも馬鹿げた考えだとわかっていても拭い切れない程の大変なものです。

何かにチャレンジしようとしても、
「初挑戦だけど、きっと上手く出来ないのだろうな」
「何をしても失敗してしまう所しか想像できない……」

人と会話をしていても
「さっきの言い方、あの人きっと私のこと嫌いなんだろうな……」
「あ、今の私の発言で怒らせてしまったかもしれない」

そんな考えが頭から離れてくれないというのは日常生活にも支障を感じてしまいます。

そんな『過度の一般化』に対して、このように考えてみたらどうでしょう。

・思い過ごしかもしれないから、心配なら確認してみよう。
これは主に『誤った読心術(心の読み過ぎ)』に対してです。
相手がどう感じたか、どう思っているかなど、どれだけ考えたってわかりません。
所詮は相手次第なのですから。
自分の思いもよらないところに噛みついてくる人だっています。
そう思うと人間関係は本当に怖いですね。不安も当然です。
だから、確認するんですよね。
確認して、思い過ごしなら安心だし。不安が的中なら許してもらえるよう謝罪すればよいのです。

・本当にそうなのかな?根拠はあるの?
この認知の歪みの特徴として、根拠のない予想というものがあります。
ですので、冷静に順序立てて考えてみたら想定している未来予想が起こる確率はそれほど高くないという事に気づけます。
実際カウンセリングでも、この認知の歪みを持った方に対して丁寧に話し合ってゆくと、不安が収まってゆくことは意外に多くあります。
まずは、ネガティブな思考に偏らずに冷静に状況分析と常識的な予想をしてゆくことを、自分に言い聞かせて整理してみるとよいでしょう。

・それは分析じゃない、ただの未知に対する不安であることを自覚する。
先ほどの、冷静になって考えてみるというのは、頭で分かっていても不安に囚われている時はなかなかそう上手くはいかないものです。
なので、まずこう唱えてみる。
「こんなの分析じゃない。ただの思い込みだから間違っている」
すると、ネガティブな方向への偏りが一度リセットしやすくなります。
普段自分を分析上手だと思っている人ほど陥りやすい『過度の一般化』なので、自分の分析を一度捨ててみることが脱出の第一歩となるでしょう。

・自分の常識だけで決めつけずに情報をたくさん集める。
これは認知の歪み全般に対して有効な対策です。
対人関係での不安なら相手に聞くのが一番。そうでなくても、ネガティブな認知のスパイラルにはまってしまった時は人を頼るのが一番です。
一人で考えていると、ネガティブにハマってしまっていることすら気づけなくなってしまいます。
自分がそう思う理由を人に話している過程で
「あれ?自分なんかおかしな理論展開しているな」
そう気づくことも多くあります。
そして、違う立ち位置からなら全く違った意見や発見もあるものです。
一人で考え込んでもいいことはないという事ですね。


ということで今回は『結論の飛躍』に対する反対意見を思いつくまま挙げてみました。
少しでも、納得できるものがあって、少しでもこれまでと違った考え方ができるきっかけになれば幸いです。


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2018年12月9日日曜日

心だって寒いと風邪をひく?


急に寒くなりましたね。
今年は暖冬だそうですが、こう寒暖差があると実際以上に寒さを感じます。

皆さん調子は如何ですか?
私はもともと寒さに弱く、冬は体調を崩しやすい体質なので体を冷やさないように色々と工夫しています。
最近は防寒着も機能が優れていますし、便利グッズもたくさんあってここ数年は何とか乗り切れています。

さて、私は常日頃から日本語の表現って面白いと感じているのですが、特に仕事柄感心するのが、
体の感覚を用いた心情表現の多さです。

困りごとや悩み事に対して『頭を悩ませる』
面倒事が片付いてほっとした時に『肩の荷が下りる』
気持ちがすっきりしないことを『胸につかえる』
強い怒りを感じた状態を『はらわたが煮えくり返る』
心が傷ついた時には『胸が痛い』

などなど、挙げればきりがないほどにあります。
『気持ち』『感情』を表現する時に『身体』を使うというのは、それだけその二つが近いからなのでしょう。
心身相関とも言いますし、『心』の状態は『身体』の状態で表れるという事です。
その理屈を応用した心理療法に『フォーカシング』というものがります。
受け入れ辛い気持ちや大きな抵抗があり心が上手く扱えない時には効果的なアプローチとなります。

さて、そんな表現の中に
『心が寒い』
『心が冷える』
などがあります。
意味としては
一人が辛く、悲しい心情。
人恋しい、寂しい、孤独、(恐れや驚きで)身が縮む思い。
といったところです。
他にも本来の意味とは少し違うようですが、
満たされない気持ちや、心の狭い人に対しても使われているように思います。

これも身体の状態で表現される心情ですね。
実際に体が寒さや冷えを感じた時には、
筋肉がギュッと縮んでしまい満足に動かし辛くなってしまいます。
普段は楽しめることも億劫になってしまったり、もう動くことすら面倒で閉じこもってしまいたくなります。

心も冷えてしまうとまさにそのようになってしまいます。
鬱の症状などは代表的ですが、気持ちが沈み、感情の低下や喪失、意欲の低下などがあります。
身体が寒さで参ってしまっている時と同じ症状が『心』にも出るという事です

鬱のことを心の風邪などと表現するのも言い得て妙なのかもしれません。
冬や日照時間が短い時期は鬱の発症率が高くなるというデータもありますしね。

ともあれ、体が冷えるとよくないように、心も冷やすのはよろしくないという事です。
もし、気持ちが沈みがちだったり元気がないなら心が寒さを感じているのかも知れません。
そんな時は心が暖かくなるような事をして、温めてあげてください。
方法は何でもいいのです。
趣味に費やすとか、美味しものを食べるとか、欲しいものを買うとか。
人に手伝ってもらって気持ちを盛り上げるのだって効果的かもしれませんね。

寒い冬、気持ちも冷えてしまわないようにしましょう。


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2018年12月5日水曜日

こう考えてみようシリーズ ②『過度の一般化』


さて、こう考えてみようシリーズの第2弾です。
過去のリンクはこちら⇒
こう考えてみようシリーズ ①『全てか無か思考』

認知の歪みの代表的なものを紹介しつつ、その思考パターンから脱却するヒントになりそうな考え方を提案してゆくこのシリーズ。

第2弾は
『過度の一般化』

過去の一度の失敗経験にもかかわらず、「きっと今回もこうなるに違いない」と結果を決めつけてしまう事です。
『早まった一般化』とも呼ばれている通り、勘違いや早とちり、心配性などによって起こりがちな認知の歪みですね。

認知の歪みはどれも同じなのですが、多少は誰しも持っているものです。
ただそれが強く持ってしまい日常生活に支障をきたしてしまった場合、病理として診断されます。
この『過度の一般化』はネガティブな感情を増進しやすく、鬱病に繋がりやすいものとして注意が必要です。

過去に一度失敗した経験があると、
「きっと次も失敗するに違いない」

一人に嫌われただけなのに
「みんな私のこと嫌いなんだ」

ネガティブな経験が更なるネガティブな思考を呼んでしまい、それを信じ込んでしまうことで事実になってしまうという悪循環が起きてしまいます。
そうすると、自分の実力も出せなくなってしまいますし、
そもそもチャレンジすることに消極的になってしまい、ますます過去の失敗体験に囚われてしまい苦手意識となってしまいます。
現代社会の問題となっている『引きこもり』なども、この『過度の一般化』思考がきっかけで落ちるパターンも少なくないようです。

そんな『過度の一般化』に対して、このように考えてみたらどうでしょう。

・なんで前に起きたからと言って同じことが起きると言い切れるのか?
そう思ってしまうのがこの認知の歪みの特徴でもあるので、確かにそう考えると怖くなって冷静になれなくなってしまうのですが。
そこを冷静になって考えてみるという事です。怖さのせいで論理的な思考が破たんしてしまっていませんか?
前と今回は、例えシチュエーションが似ていたとしても同じ場面ではあり得ません。
確かに同じ結果になりやすいかもしれませんが、必ずそうなるとは言い切れないはず。

・過去の失敗経験があるなら同じ失敗しないように対策が立てられるのでは?
以前に失敗したなら、次も同じ失敗をしてしまう前に回避できる確率が高くなっているはず。
「あ、これはマズイな」と気づけるはずです。
なら、逆に一度失敗しているからこそ次は成功できるのではないでしょうか。

・関連性なんてない。
世の中に『絶対』なことなんてほぼありませんよね。
だとしたら毎回が偶然起きたことであって、そこに関連性を見出してしまうのは人間の悪いクセです。
『二度あることは三度ある』という諺だって本来の意味は、
同じ失敗はしやすいからそうならないように気をつけなさいね。
という、まさに注意することで同じ失敗は防げるという勇気の出る言葉なんですよ。

・自分の常識だけで決めつけずに情報をたくさん集めろ。
自分一人で考えられることなど限られています。特に失敗した経験があるとネガティブな方向に進みやすいのは当たり前です。だったら、たくさんの人や専門家に意見を聞いて、色々な情報を総合的に判断した方がよっぽどいいのではないでしょうか。客観的なアドバイスは思いもよらぬ解決策を与えてくれるかもしれません。

・「どうなりたくないか」ではなく「どうなりたいか」を考える。
『過度の一般化』は未来に対する恐れが根底にある場合が多いです。
逆に考えてみます。恐い未来に固執するのでなく、楽しい未来を想像する。
そうすれば「こうすれば楽し未来にたどり着けるかもしれない」とポジティブな方向性の思考が始まります。
人間の行動力の源は『快』への欲求です。
自分が思い描く明るい未来へ向かう力はネガティブな思考を吹き飛ばすほどのパワーを与えてくれます。

ということで今回は『過度の一般化』に対する反対意見を思いつくまま挙げてみました。
少しでも、納得できるものがあって、少しでもこれまでと違った考え方ができるきっかけになれば幸いです。


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2018年11月29日木曜日

感情表現が薄くなっている気がする


毎年、この時期になると『流行語大賞』というのが話題になります。
その年に生まれた(流行った)「ことば」のなかで世相を象徴するものを決める賞なので、当たり前ですが若い人の間で流行した言葉がノミネートには挙げられます。

そんなニュースの中で、若者が街頭インタビューを受けていました。
それを見ていると感じたことがあります。

表現が小さい?

これね、これまでも感じていたんですよ。
仕事柄、中高生と会話をすることもあるのですが、その時にもその違和感を感じることがありました。
私と話している時だけの限定なら、おっさんのカウンセラーと話すのに緊張でもしているのかなとも思っていたのですが、彼らが友人同士で話す時にも感じるんですよね。
会話が平坦というか、抑揚が薄いというか。

昨今の若者は語彙が少ないという話題もよく目にします。
「ヤバい」「ウザい」「キモい」
この3つの言葉だけで感情表現が事足りてしまうとかね。

でもそういう事ではないんですよ。
「ヤバい」だって、表現の仕方で多数の感情をあらわす言葉になるわけで、表現の薄さ・小ささとはまた違う問題な気がします。

例えば、アクセントを矢印で示すなら
「マジ(↑)ヤバ(↑)いんで(↑)す(↓)けどー(↑)」
これだったら、
ああ、楽しい気持ちが盛り上がっているんだなぁ、と感情も伝わってくるのですが。

彼らの感情表現はまるで、youtubeの動画に対する反応をひとり言で呟いている、
そんな印象を受けました。

「うわ(―)これマジやばいー(――)」

それはつまり、相手に対して伝えることを目的とした表現ではなく、ただ自分の感想を読み上げているといった感じでしょうか。

ここまで長々と若者批判みたいなことしておいてなんですが。
別にそれが悪いわけではないと思っています。
時代なんでしょうし、コミュニケーションなら互いが納得できていれば問題ないですしね。

ただね、カウンセリングをしているとたまに驚くんです。
話をしてくれているんですがどうにも無感情に淡々と話している。
心理カウンセリングでは『感情の表出』というのは大切なものなので、私からすると

「うーん、たくさん話してくれているけど、あまり感情を伴わずに語っているなぁ。まだもう少し時間がかかるのかな」

そんな風に感じていたのですが、ケース後の感想を尋ねると。

「こんなに感情的に話したの初めてかも。自分でもびっくりしてる」

そう仰るんですよ。
どうも気を使ったり社交辞令で言っているようではない。
だって実際に良い効果が出ているようなんです。

私にとってはまだ薄い感情表出だが、この人にとっては普段に比べて感情的になってくれていたんだ。

それに気づいた時に、昨今の感情表現の薄さを再確認しました。
そしてね、同時に思いました。
これからの時代、やっぱり心理カウンセリングは必要だ、とね。

宣伝かよ、と思われてしまうのは承知です。
でもね、本当なんですよ。

カウンセリングの場では、先ほども書いたように感情表出が重要になります。
なぜなら心の健康には、自分の感情を歪めることなく素直に享受できている時、人の心の機能は正常に、健康的に働くとされています。
(そういう心理療法の理論があるわけです)
ですので、我々カウンセラーは対話を通して相手の感情に働きかけています。
ただ話をしているだけように見えても、カウンセラーと話すと気持ちがすっきりする、などの効果はそういった理由もあります。

つまり、感情を表出することは心の健康に必要。
だが、昨今の傾向として感情は乏しくなりつつある社会がある。
なら心理カウンセリングは普段よりも感情表現ができる場所として心の健康に有効。
ということです。

ちょっと強引な展開になってしまいましたが、
感情豊かに表現できるって、気持ちの良いことだし自分で思っているよりも気持ちがすっきりするものだという事をもっと多くの人に知ってもらいたいものですね。

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2018年11月23日金曜日

こう考えてみようシリーズ ①『全てか無か思考』


脈絡なくシリーズ記事をはじめてみます。
というのも、悩みが生まれる原因の一つに『認知の歪み』と呼ばれるものがあります。

認知の歪み(にんちのゆがみ、Cognitive distortion)とは
誇張的で非合理的な思考パターン(irrational thought pattern)である。これらは精神病理状態(とりわけ抑うつや不安)を永続化させうるとされている。

という意味なのですが、分かりやすく言うならば、
物事に対してネガティブな思考へと続いてしまいやすい考え方
といったところです。

いくつか代表的なものがあり、実際多くの認知の歪みはいづれかの系統に近いものがほとんどです。
そこで、シリーズとして毎回代用的な認知の歪みを紹介し、その考え方から脱却出来るヒントもあわせてお伝えしようともいます。

第一弾は
『全てか無か思考』

これは物事を両極端に捉えすぎてしまう。
白か黒か、善か悪か、0か100か、で考える完璧主義的な傾向。
『二分割思考』とか『オール・オア・ナッシング思考』とも呼ばれますが要するに、
結果が明確なチャレンジに対して少しでもミスがあれば失敗だと考えてしまいます。

例えば、スポーツで努力して2位になったとしても
「1位じゃないと意味がない!2位なんてビリと一緒だ。自分は失敗した!」
そんな思考のことです。

ここまで極端でなくてもこれに近い思考で悩んでいる方は結構多い印象です。
ある相談者さんは、
「私は仕事ができない」
というので話を詳しく聞いていると、どうやら仕事は人並みには出来ているようなんですよね。
でも本人としては、
「失敗することがある」「完璧にできない」
という理由なのだそうです。

これだって『全てか無か思考』と言えます。
心当たりある方も多いのでは。

そんな『全てか無か』に対して、このように考えてみたらどうでしょう?

・完璧などありえるのか?
完全なものや状態など存在するのでしょうか。
どんな達人だって失敗することはあるでしょうし、常に成功する挑戦などそれはもう挑戦ではなくなってしまいます。
周囲の人を見渡してみてください。あなたが「あの人はすごい!」と思っている人もよく見ると失敗していますよ。
更に言えば、どんな達人だって専門分野以外の所でも達人ではありません。この思考の人の多くは、全てにおいて成功(完璧)を求める、という傾向があります。
神様じゃないんだから、全てに完璧なんて人間には無理ですよ。

・そもそもなにをもって完璧と言えるのか?
完璧にこだわる人には意外と多いんですよ、完璧の理想像がはっきりしないのに目指しているパターン。
それではいくら頑張っても理想にはたどり着けないのではないか。
何が完全なのかを決めているのが結局自分なら、それは他者にとっては完璧ではないかもしれない。だったら自分だけが信じる完璧ってもあまり意味なくなってしまいませんか。

・失敗して何が悪いのか?
チャレンジの機会は一回だけではないはず。今回ダメならもう一度挑戦すればいいだけ。
失敗したからといってそこで人生は終わらないし、会社をクビになることもまずありえません。
「失敗は成功の母」なんて言葉もあるくらいですから、失敗したって当たり前なんですよ。

・本当は出来ているのに見落としていないか?
完璧に成功していなくても目的は達成していることだってあります。
例えば、「○○㌔になるためにダイエットするぞ!そのためにお菓子は絶対食べない」
と努力していて、目標体重にはなれたのにお菓子を食べてしまったからと言って自分を責めたりしているのは本末転倒です。
目的と手段が混乱しないよう注意ですね。

・完全じゃなくても努力は認めてあげよう。
完璧な成功でなくっても、おそらく努力の成果は出ているはず。
前回は10点だったが今回は30点に上がった。
小さい進歩かもしれませんが進歩には違いありません。
その積み重ねが目標になると考えて、今回の成果を褒めてあげましょう。

・0か100だけではない
世の中には中間とか中庸などという言葉があります。
100でなくたって0ではなく、2かもしれないし99かもしれないわけです。
2と99ではずいぶん違いますよね。
一つ失敗したからダメ!ではなく、失敗したところと成功したところをちゃんと分けて自覚してあげます。

・あなたは金メダルを目指しているのか?
この答えが「YES」なら何も言うことはないです。それが目標なのでしょうし。トップアスリートはそれくらい自分を追い込むことも必要なのでしょう。
ですが、日常や仕事などでも同じ姿勢で取り組んでいたら、いつかは心が疲れでダウンしてしまいます。
一生をかけてそれだけを極めるんだ!というほどの強い目標でない限りはもう少しハードルを低くしてもよいのではないでしょうか。
すると、自分の今の状態が冷静に見られて次への課題も見えてきます。


さて、思いつく限り『全てか無か思考』に対する反対意見を挙げてみました。
中には暴論だったり矛盾しているのもあったりしますが、それでいいのです。
どれがその人の納得に刺さるかだって人それぞれですし。

「なるほどな、そう考えればもう少し肩の力が抜けるかな」
そう思ってもらえるヒントになれば幸いです。

今後も不定期でこのシリーズやっていくつもりです。

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2018年11月20日火曜日

上を向いて歩こう


ここ数日で急に寒くなりましたね。
全国的に見れば遅い初雪など、寒気は緩やかなのかもしれませんが、今年は猛暑だったせいかこの寒さが身に沁みます。街ゆく人もコート姿が目立ってきました。

こう寒くなると、首元が寒くて俯(うつむ)いた姿勢になってしまいがちです。
冬の街にコートの襟で首をすぼめる、というのは絵になって格好良くはあるのですが。
実はその姿勢、注意が必要です。

うつ病の研究の中には、うつ病患者やうつ病になりやすい傾向として、俯きがちな姿勢というのもあります。
うつを発症した方の姿勢が俯きがちになる傾向があるので、うつチェックとしても挙げられているので、姿勢が先か症状が先かはまだまだ研究が必要なのでしょうが、どうやら関係ありそうです。

また別の研究では、俯くと自律神経が乱れるというのもあるそうなので、少なくとも俯く姿勢というのはあまり良いものではなさそうです。

言葉の字面だけでも、
『俯(うつむ)く』→『うつ(鬱)に向く』
となりますものね。駄洒落ですけどね。

そして逆説的なりますが、私の持論で、
上を向くと気分が上向きになる
というのがあります。
これも駄洒落っぽくなっちゃっていますが冗談ではないですよ。

実際試してみてください。
気持ちが落ち込んだり、落ち着かない時に、

一度目を瞑り→首から顔を上に向ける→そしてそっと目を開ける
この時、屋内よりも晴れた日の屋外の方がより効果的です。

目の前が物理的に明るくなり、ぱぁっと開いたような気分になります。
同時に、自分がどれだけ下を向いて視野が狭くなっていたかに気づくこともできます。

ということで、寒いからといって下を向いて俯いてしまうと、精神的にも健康によろしくないので気を付けてみてください。
上を向いて歩いたほうが綺麗な景色にも気付けて気分いいですよ。

ちなみに
最近の若者がスマホを操作する時、極端に俯いた姿勢をしている様子を時折見かけます。
あれは体にも心にもよくないから気を付けた方がいいと思うんですよね。


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2018年11月1日木曜日

ハロウィン問題について


昨日のハロウィン当日、渋谷では大変な人だったそうですね。
私は昨日は栄のオフィスには行かずに出張から直帰だったもので知らないのですが、名古屋も仮装した人たち多かったんですかね。

さてそんなハロウィン。
ここ3~5年で一気に定着した感じです。
といっても日本でのハロウィンは、仮装して練り歩く、というほぼコスプレイベントの様相ですけどね。
それはね、別にいいんじゃないでしょうか。
クリスマスだって日本独自のイベントとしてすっかり定着していますし。
他国の行事を取り入れるというのは難しいものなのでしょうしね。

ですが問題視もされているようで。
特に渋谷の大混雑は、犯罪の多発や暴徒化などを引き起こし、もう楽しい一イベントの域を超えて社会問題にまでなりつつようです。
メディアでも多くの著名人が苦言を呈するコメントを出していますね。

今後の対策も必要になってくるのでしょう。
そこで、心理学的にこの問題を考えてみると、
まずは、「なぜ暴徒化するのか?」については色々な心理効果で説明ができます。
集団心理(群集心理)による心理的ブレーキの欠如。
仮装という匿名性によって得られる大胆な心理状態へのなりやすさなど。

つまりは混乱状態になる条件が揃ってしまっているわけですね。
なら、規律を作ればいい、というのは一つの解決策なのだと思います。
一般的に規模の大きなイベントは、ルールが厳しく、ともすれば窮屈を感じてしまう規律の下で混乱なく運営されます。
ここまで規模が大きくなってしまったのなら、ハロウィンというイベントをルールを設けて運営する必要が出てくるのではないかと思います。

ですが、きっとここ数年のハロウィンの盛り上がりの理由には、
ルール無用の無秩序が許される場』という魅力があるのだと思います。
ルールのあるイベントではなく、個人の意思で終結した人たちがそれぞれ秩序なく好き勝手な楽しみ方ができる、という楽しみ方を見出しているように思えます。
そうなると、ルールという秩序ができたら離れていく人も多いのではないでしょうか。

なぜそれほどに無秩序な混沌が魅力となるのか。
それは、社会規範や秩序・ルールに縛られた日常のフラストレーションの表れでもあるのかもしれません。
毎日我慢をして規律を守って生きていることに対する不満が、昨今のハロウィンのような良くも悪くも『自由』を求めているのかもしれません。

来年に向けて具体的な対策は勿論必要なのでしょうが、
根本にある社会への閉塞感が緩和されることもまた必要なのかもしれませんね。


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