2015年7月10日金曜日

"痛み"は遅れてやってくる

皆さんには古傷はありますか?

実は私は昔の怪我で、右手の親指が外側に反らないんですね。
・・・・・・意味わからないかもしれませんね。
本筋とは関係ないのですが、私は昔から手の親指を外側に反らせて手首にくっつけることができていました。元々関節は柔らかい体質なのですが、怪我をしてそれができなくなってからこのエピソードを話すとたいていの人に「いや、そんなん私も出来ないから」と言われて初めて自分だけの特技(特異?)だと知った次第です。

さて本題です。
高校生の頃、空手の試合中にアクシデントで親指が相手の道着にひっかかったまま強く引っ張られてしまい、気づいたら親指がありえない方向に「ぷらーん」と曲がっちゃってたんですね。
たぶん脱臼だったのでしょう。
しかしそこは試合中の興奮状態のなせる業で、外れた指を見て初めに思ったことが
「バレたら試合止められて負けちゃう!」
急いで左手でその指を強く握り、力任せに正しい位置に戻しました。「パキッ」という音がしたのを覚えています。
すると指は動くようになったし拳も握れたのでそのまま試合を続けた、ということがありました。

その時はやせ我慢でなく、まったく痛みとか恐怖もなかったんですよね。
しかしそれ以後、前述の通りその親指を外側に曲げようとすると強い痛みが走るようになりました。
今でもふとした時に手をついた拍子に痛みがあります。

脱臼は素人が力任せに治すものじゃないですね。あの時ちゃんと適切な治療を受けていれば今でも私の親指は奇妙に外側に反れていたのでしょう。
ちなみに左手も、往年の右手程ではないにしろ外側に反るので、見てみたい方は私に会った時にリクエストいただければ披露します(笑)

怪我をしたその時はさして痛みも感じず、その後の人生に付いて回るダメージになるとは思ってもいなかった。
 
これは体の怪我だけでなく心の怪我(傷)にも言えることだと思います。

カウンセリングをしていると、その相談者の人生を困らせている癖や思考パターンがあったとします。
例えば、
「他人に対して言いたいことが言えない」
「褒められることだけが自分の存在意義だ(褒められない自分は価値がない)」

などが挙げられます。
それらは、気づくことですぐに変えられれば問題ないのですが、
その相談者の人生を左右するほど大きなものでありながら、相談者本人にも
何故そんな風に感じてしまうのか
そのような自分にとって得にならない思考に固執してしまうのか
それがわからないのに捨てられない、という場合があります。

それを深く探っていった時に、ある一場面が出てくる時があります。
昔子供の頃、親に言われた一言。
「お前は口出しするな!お父さんに従え!」
「お母さんが自慢できるような子供じゃなかったら捨てちゃうわよ」

そんな一言が、その相談者の人生に深く影響を与えていたことに気づくことがあります。

そんな時、相談者さんは言います。
「まさか自分にとってそんなに大きな影響を与えているとは思ってもみなかった。当時はそれほど大したことではないと、気にしていないつもりだったのに」

言われたその瞬間にはショックを認識できていなくても、心の奥深い部分に確かに穴を穿ち、それが本人も意識しないままジワジワとその人の感情や思考に影響を与えていく。
こういったことは、カウンセリングではよく見られる事例です。

心のダメージや傷は、自分だからといって、むしろ自分のことだからこそその本質を感じられないときもあります。
理由のわからない心の痛みや闇を感じているなら、なかったことにせず丁寧に触れてあげると、まだ見ぬ自分の声が聞こえてくるかもしれません。

心の傷は目には見えない、心で感じてあげないと。たるみでした。


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