2016年6月24日金曜日

スワンプマン(沼人間)解決編


スワンプマン問題、考えてみてくれたでしょうか。
「解決編」と偉そうに題してみたものの、この問題に正解はありません。

この問題は、人としての価値を『自我』に置くのか『人生の歴史』に置くのか『物理的な存在』に置くのか、などの価値観を通して、

『人とはなにをもって人とするのか』『人とは、自分とは何なのか』

という哲学のある意味命題を問う問題として扱われます。

例えば、
「生物としての特徴が全く同じならば、それはもう同一人物だろう」
そう思う方もいるでしょう。
確かに生物としての構造や物理的な存在に重きを置くならば納得できる意見です。

例えば、
「心は一つしかないのだから、全く同じ構造の生物だとしてもそれは別の心を持つ別の人間だ。心は唯一のもので、思考や記憶の問題ではない」
心を『魂』と言い換えてもいいかもしれませんね。
一人として同じ人は存在しないという考えは、個性や心の在り方を大切にするタイプのカウンセラーである私にも共感できる意見です。

例えば、
「死んだ男にはこれまでの人生があったが、スワンプマンは生まれたてだから、同じ歴史を歩んではいないので同一ではない」
人が生きると書いて人生。そう考えると、どのような人か、ではなく、どのように生きてきたのか、と重視するならなるほど納得できます。

このように、アイデンティティや同一性というものを、どのように捉えているかによって意見が変わってくるというものです。
『存在』の定義として『在る』とはどういうことなのか、そんなテーマにも繋がる、思考実験の紹介でした。

落語の『粗忽長屋』もやはり自分の存在が曖昧になってしまうという男の話ですが、
「自分が何者なのか」というのは人類にとって普遍のテーマなのでしょう。

皆さんは「自分が在る」ことをどのように証明しますか?

  
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